Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「 スタンダップ !」


だれがどう血迷ったか、中学に入って真っ先に私が学級委員に選ばれた。
中学と言っても小学校からの持ち上がりなので、クラスの全員が私の
ことをよく知っているはずなのに。
担任の先生は英語担当の中津先生だ。その先生の授業が1時間目にあった。
「起立!」緊張して最初の号令をかけた。
「はい、座って。これから皆に初めての英語の授業をやるけん、慣れる
ためにできるだけ英語を使うことにする。まず私が入ってきたときは、
”スタンダップ”、着席するときは”シッツダウン”。じゃあ学級委員、
号令を掛けて」
「あっ、はい、イエス。・・ス・・スッタンダップ!」
みんなぞろっと立ち上がった。
「グード!」
「シ、シッツダウン!」
また、皆ぞろぞろっと座った。
「グッド!ようできた、次からはいつもこうするように」
うひゃー、驚いたでえ、やっぱり中学は違うのう、私は責任の重さを
ひしひし感じた。
2時間目は「道徳」だった。これも担任の中津先生だった。
先ほど教わったとおり、「スタンダップ!」と叫んだ。
いっせいに起立。
「おいおい学級委員、それを使うのは英語の授業の時だけでえ、
今は日本語でええわあ」
どわーっと全員笑った。
それからも私は「スタンダップ!」それとそれに限らず「起立!」「着席!」
を隣の教室に響くほどの声でやった。
数学の授業で厳しいので恐れられてる谷川先生がやってきた。下の兄
からも「あの先生は、怒ると真っ赤になってきょうてい(怖い)けど、
間違ったことが嫌いな、ええ先生でえ、わしは好きじゃ」
と聞かされてた。
「起立!」今までで一番大きな号令をかけた。
「おー、君が有名なこの中学1の学級委員か、ええ掛声じゃ!」
それだけでもう天にも昇る気持ちだった。

はじめての中間試験に入った。最初の問題用紙を抱えて入ってきたのは
谷川先生だった。
「起立!」と言おうとしたら、この日は違って「そのままでいい。
はい、何枚?」といきなり聞かれた。
ポカーンとしてたら、
「おえん(ダメな)やっちゃのう、自分のクラスの人数も把握しとらん
のか、もたもたしとるうちにみんなが、それで時間を取られるんでえ!」
頭がクワーっと焼けついた。
答案を書く間中、あれこれ言い訳が浮かんだ。
はい、何枚?の意味か分かりませんでした・・この組は何人だ?と
言われればすぐに答えられました・・。
今までの張りつめた気持ちが、じわーっと溶けだすのがわかった。
試験が終わりしばらくして、朝の通学途中にいつもの便意で我慢できなく
なり家に引き返した。教室に入ったときはホームルームが始まってた。
中津先生がジロッと私を見た。
「学級委員が進んで遅刻してくるとは、どういうことな?」
「いや、あの・・」
もう、こりゃあ、おえんでぇ・・・。
次の日、私は朝6時に家を出た。着いて、まず教室の机や廊下の
床を手当たりしだいに濡れ雑巾で拭いてまわった。
次の日もそうした。もう、やけくそだった。
そして次の日も。
たまたま、花壇の水やりに早出してきた犬飼先生に出くわした。
「おい、なんで、こげん早うにきて掃除をしょうるん?」
すぐに担任に伝えられた。
「のう三宅、遅刻したからいうて早朝に出てこいとは言うとらんで」
そんなことは本当はどうでもよかった。ただただ、学校1の委員だと
言われ有頂天になってた自分が情けなかっただけだ。
それからはとんとへそが曲がった。言われたことを素直に聞きゃあ
しない。ものごとを斜めにしか見ない。
”ほんまに、むつかしい子ですわ”(中津先生が面談で母にこぼした)
で、とうとう今日に至った。
と言ってもちょっとのおだてで、すぐに一生懸命になっちゃうのは
今もって変わんないんだよねぇー。



今までのアルバム

HOME 一点主義 PROFILE 喫茶室