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 ■ 今日、記念すべき「岡山県トレイルランニング協会」設立! 2019年3月21日発信

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 《宣言》
 トレイルランニングは安全なスポーツです。
 私たちはトレイルで出会うすべての人々を尊重します。
 私たちは、自然環境とトレイルの保全を優先します。
 私たちは、トレイルを守るために地元の人々と協力します。
 これらの目的を達成するために、私たちは各地の大会と協力し、
 大会が環境面や安全面でより良いものになるよう努力し、もって
 地域社会へ貢献したいと考えます。


 野山などの未舗装の不整地の道(トレイル)を走るとされるトレイルランニング。国内だけでも400近い大会が催されている。 そのスポーツを愛好する人たちによる県内初の組織が今日、設立された。
 会場となった建部町文化センターには、朝早くから色とりどりのランニングウェアを身に纏った男女が次々と集結、 この日を待ち望んでいた人たちの多さに驚かされる。
 TV2局もカメラを肩にスタンバイし、社会的関心も高まっていることが分る。

otra otra  すでに、早朝のセミナーで建部の古道をランニングしたという貝畑さん(この世界で知らぬ人はいない?)にお話を聞けた。
 「どうでしたか、今日の走行は」
「楽しかったですよー、山の中を走りながら、津山線の電車の音が聞こえてくるなんて。帰りは温泉に入れるし、いい所ですね建部は」

 10時からの総会では最初に設立趣旨の説明から始まり、「トレイルランに対する正しい認識を広める」
 「安全にトレイルを走るためのマナーとルールを広める」
「よりよい大会運営を行うために県内大会と連携し技術面、安全面、環境面での助言をする」
との主張がなされた。
otra otra  そして協会役員の選出では、村松達也会長(岡山トレランのゴッドファーザー!!)、林忍副会長(県内屈指のトップランナー) 、千田英治副会長(ビッグアフロランナー!!)が決まった。
 その後、質疑応答を経て、会は満場一致の拍手を以ってしめくくられた。

 2部からはアドベンチャーレーサーの第一人者、田中正人 氏による記念講演。題して「自然と向き合うには」
 開口の一番「人間が学ぶものは、すべて自然の中にある」
 田中氏が、これまで経験したありとあらゆるレースで学んできた知恵と技術、固唾を飲み真剣に耳を傾ける聴講者たち。
otra otra  500kmから800kmの距離を夜間ノンストップで、トレッキング~カヌー~マウンテンバイク~クライミング~乗馬と繋ぎながら、6日から10日間で、男女4人チームで踏破する、信じられないほどの過酷なレース。
 雪に覆われた山々、そそり立つ岩肌、遥か下に落ち込む渓谷、難関はそれだけでなく、自然に存在するあらゆる脅威、雨、風、吹雪などの天候は言うに及ばず、ジャガ―、ワニ、タランチュラなどの生き物の襲撃など。
 そして何よりもチームを試練にさらすのは、チームを組む一人一人の人間性。互いにぶつかり合い、疑心暗鬼を乗り越えていく。 そのためには自分自身の克服が迫られる。
 世界の秘境ともいえる地に挑んだ数々のスライドを観る客席からは「ぇっ・・・!」と驚嘆が声にならない。

otra otra  多くの示唆に富む事例と身をもって得た教え、その中で記者が心に残った言葉を2つ。
 「自然を前に素直に謙虚になる、けっして他人のせいにしない、すべては自己責任」

 「つらい時ほど目標に執着し妥協を許さない姿勢を各自が示すことでチームは団結する」

 田中氏のレース計画表には、全要所ごとのきめ細かな想定時間が作られ、実際時間はほぼ時間通りに。精神性を重んじるだけでなく客観性を以って事にあたる、思考停止に陥らない自己コントロールのあり方も教わった。

otra otra  昼食タイム、トレイルに必須のエイドメニュー、建部の「サニーデイコーヒー」  「建部ヨーグルト」はてんてこ舞い。
 午後からは、県内7つのトレイルラン大会が紹介された。どの大会も魅力にあふれるコースが組まれていて、取組む人たちの熱意がヒシヒシと伝わる。 8つ目には「TAKEBE(たけべ)トレラン」をそんな気持ちがウズウズ(笑)。
 閉会後、最終セミナーで再び、建部の古道に向かうランナーたち。自然の中を走ることに心から魅せられた者たち、その後ろ姿が輝いていた。


  「岡山県トレイルランニング協会」
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 公式インスタグラム  

 *資料:岡山県トレイルランニング協会 設立資料より抜粋

 (取材・写真 三宅 優 写真・松下りえ)

 


 ■ 小学校から中学校へ大きくはばたけ、建部っ子 2019年3月19日発信

卒業式 卒業式  今日は建部小学校の卒業式です。
 在校生や保護者、地域の皆さんが見守る中、目を輝かせて、堂々と胸をはった卒業生18名が入場。卒業証書授与式が開催されました。
 後ろの壁に張り出された、小学校の愛児会が卒業生徒全員に書いてもらった『大人になった自分を想像してみて』のカードメッセージ。

 「ミニバスケットのかんとくになっているだろう」
 「SPになって内閣総理大臣の後ろに立つ」
 「仕事をしてしあわせな生活をしているはず!」
 「空手の先生なっているかも」
 「パン屋になっている」
卒業式  「看護師になりたい」
 「料理をしているはず」
 「株で大金持ちになっているハズ」
 「スポーツ選手」
 「仕事をしていると思う」
 「動物園の飼育係になっているはず!!」
 「幸せな家庭を築いているはず」
 「建築士になって家を設計しているはず!!」
 「公務員になりたい!」
 「サッカー選手になってW杯に出る」
 「犬を飼って幸せに暮らしているハズ…」
 「生物学者になりたい」
 「大好きなディズニーキャストさんになっているはず!」

 このように一人ひとりがいろいろな夢を持ち、成長している姿はすばらしいことです。自由で多様な生き方を模索できる社会は地球上のすべての国にあるわけではありません。子供たちの夢の実現をアシストするのが私たち大人の大事な役割だと感じました。
 (取材・写真 勝部 公平)


卒業式 卒業式 6年という年月も経ってしまうとあっという間だ。
 初めて出会ったのは保育園、やんちゃで、園内をかけまわってた。それが小学生になり、運動会、音楽会、発表会、毎年、成長を垣間見て今日はうれしい卒業式。
 岡山市立福渡小学校の卒業証書授与式、名を呼ばれ、壇上に立つ10名の児童たち。卒業証書を手にそれぞれが発する将来の夢。

卒業式  「子ども服のデザイナーになりたい」
 「ぼくは、マンガ家になる」
 「芸人になってみんなを笑わせたい」
 「ファッションデザイナー」
 「スタイリスト!」
 「楽な道を選ばない人」
 「正しいことを言える人」
 「努力する人、努力はじぶんを裏切らないから」
 「いっしょうけんめいに、りっぱな人に」
 「獣医になって動物を助けたい」

 学校長からも、はなむけの言葉。
 「どんな時も、自分の夢をあきらめないで自分の道をしっかり歩んで下さい」
 時おり体育館のドームに叩きつける雨音、それを跳ね返すように引続き、在校生からの言葉。
 「おにいさん、おねえさん、いつも助けてくれてありがとう・・・中学生になっても元気にがんばって」
 見慣れた校旗の脇を、前を見つめ胸を張って退場して行く卒業生。次に会う時は中学生、それでも今まで通り「お帰り!」「ただいま!」と、あいさつを交わしたいね。
 (取材・写真 三宅優)

 「竹枝小学校の卒業生の皆さん、おめでとう!」
 記者不足で取材に行けませんでした、ごめんなさい。(たけべ新聞編集部)



 ■ 雨あがれ、里山にこだまする子どもらの歓声 2019年3月17日発信

里山祭り 里山祭り  早朝、雨打つ音。
 「あぁ、きょうはダメかー」それでも、楽しみに待つ人を車で会場に送っていく約束をしている。 はるばる御津のフラチームにも声を掛けている。
 9時、カッパを着て出発。

 「第8回春の里山祭り」これまで雨天は初めて。さぞやスタッフも気を揉んでるだろうと現地入り。
 オオッ、なんと皆、傘もささずに火をおこす人、ネギをきざむ人、ワイワイガヤガヤ、せっせせっせの楽天ムード。 「なーんだ、心配するんじゃなかった」さすが里山人、この濡れ具合を穀雨のように受け止めている。

里山祭り 里山祭り  久しぶりに会った地元出店グループの面々。
 「なでしこ作業所」「建部ヨーグルト」「サニーデイコーヒー」「キシモトケーキ」「建部町観光公社」さんら、顔を見ただけで、ホッコリ。
 10時には開会式。地方選挙目前の議員さんも忙しい最中に祝福を。「建部をみんなで盛り上げていきましょう!」(賛成!)

 オープニングはいつもの「はっぽね太鼓」が雨が天敵とあって中止、となれば、雨には傘。そう、創立30年以上の地元「傘踊り同好会」、今日は、寄る年波も、ものともせずにフルメンバーの出場だ。
 唐傘、振り上げ、振り下ろし、熱演4曲、息切れもせず。(脱帽!)あまりの景気の良さに、いつしか雨も逃げていた。
里山祭り 里山祭り  東屋の下では炭火がおこり、竹パンが焼かれる。暖を求めて、尻を押しあいへし合い、仲良くチャンコ。
 「寒いって、いいよねー」

 会場奥の第2ステージでは、めだかの学校主催の「巣箱作り」。トントントン、親子で釘打つ心地よい音。
 隣では風船アート、手にはしっかり「ワンちゃんバルーン」。
 「森のピザ」が焼かれ、サニーさんのコーヒーの香りに甘そーな「キシモトロールケーキ」。 しっかり当新聞レポーター松下りえちゃんがゲット!
 一緒にくつろいでいる人はと見ると、今月21日に建部町文化センターで開催される「岡山トレイルランニング協会設立大会」のメンバーではないか。
 うれしいねー、建部の良さを認めてくれる人たちが現われた!

里山祭り 里山祭り  時間は11時、ポツリポツリと再び。
 お~い、花房君(進行役)、わしらの出番は何時だい?
 「このあと雨が止んだらやります!」
 じゃあ、それまで「猪肉うどん」で腹ごしらえ。当新聞専属「美味しいモデル」の文(あや)ちゃんも見事な食べっぷり。
 ワイキキの海を思わせるブルーシートが敷かれると、いよいよ出番、建部・御津合同フラチームによる我らがフラダンス。
 下は小学生から上はおばあちゃんまで、中に一人混じる枯枝(記者)は、お愛嬌。
 「月の夜は・・・」に始まり「瀬戸は日暮れて~」大きく手を輪に掲げ、フィナーレのポーズで見上げる空にはお日様が。
 満場の拍手、「あの、男の人、上手じゃなあ!」と聞こえたような・・・。

里山祭り 里山祭り  午後からも、雨が降ろうが、降るまいが、とどまることなし里山パワー。
 「大声大会」は日頃の思いを根限り。「ママー!」「おとうさーん、だいすきー!」
 「マキ割り体験、ありがとーう!」
 そして、いよいよ最終クライマックス。
 3000個の餅が宙を飛ぶ、史上最強の「里山モチ投げ大会」。
 「さあ、いくぞー!!!」

里山祭り 里山祭り  予定より30分早く閉会となったが、終わってみると、もっと長くやっていたかったような、心残り。
 去る前に、あっちでもこっちでも「はい、チーズ」の記念撮影。
 車椅子のおじいちゃん、おばあちゃんの笑顔は陽光の中でまさに「インスタ映え」
 「ああ、残念だわー、また、来年ねー」手を振り別れた仲間たち、そう、今からが楽しみの始まり・・・



(取材・写真 三宅優 花房功基 松下りえ)



 ■ ありがとう。「3.11追悼」募金の報告 2019年3月14日発信

3・11追悼  追悼を終えて3日目、いくつかの反省といっぱいの感謝の気持ちです。
 最初の会では募金箱を置かなかった。一人一人が、すでに様々な場で寄付をされているからと考えてのこと。
 でも、すぐに参加者の人たちから「それでは困る、私らは少しでも力になれればとの気持ちで、ここに来ているのだから」と諭された。
 一人よがりを恥じた。それから毎年、変わることなくカエルの募金箱「でいじ郎」(岡山の方言で”だいじ”)を置いた。

3・11追悼  そして今年で8年目、平日ということもあり、参加者はそれほど来られないのではと予想したのだが・・・。
 玄関上り口にチョコンと控え目に居させた「でいじ郎」も役目を終えた。空き瓶に貯めてくれた硬貨をそっくり持って来てくれたママさんもいた。
 合わせて33,326円、さっそく郵便局へ。
 今回は福島の子どもたちに津山の倭文の郷・久米ロッジで10日間保養してもらう「ふくしまっ子津山でのびのび元気回復夏休み」さん宛へ送金。
 これで、約大人3人分の片道の旅費補助になります。他にもたくさんの温かい差し入れをいただいた。おでん用の大根や会場を飾る生け花など。
3・11追悼 
正直、いい事をしようと思って始めた訳ではなく、ただ”私も何かしてあげたい”突き上げられる思いで始めた。 たぶん福島が岡山から遠いから・・・。
 それが、今年もこうして人の暖かさを受け止める側に。 当日の参加者の方々並びに、その日、来れなくて気持ちだけでもと寄せていただいた方々にあらためて感謝申し上げます。

(報告・三宅 美恵子)



 ■ 「3.11追悼」8年目の夜を歌う・・・ 2019年3月12日発信

3・11追悼 3・11追悼  風化していく記憶、繋ぎとめたい思い、そして8年が過ぎたこの日、建部に人々が集った。
 昨日の雨が嘘のように上がり、日中はポカポカ陽気、それでも時おり吹きつける春一番を思わせる風が池の水面をサワサワと波打つ。
 ここに、今年は8個の灯ろうサークルを浮かべる。
 午後4時、会場の「ドレミファミリアアートギャラリー」(記者 宅)には、いつもの顔ぶれが揃い準備に入る。
 何度もやって来たはずの設置作業だが、毎年、改善を試むが手順は順調とはいかない。

3・11追悼 3・11追悼  池に向かい、サークルを浮かべる。
 「ロープをもっと強く張ってー」「まだ右に5m、動かしてー」対岸からの声が飛ぶ。
 池は広い、岸からちょうどの位置に 見えても、会場からの眺めは隠れてしまう。毎年、くり返して来たおなじみの状況も不思議と心に気持ちいい。
 「感謝」の言葉が浮ぶ。お願いしたわけでもなく、みんないつの間にか来てくれていた。そんな、年に一度の繋がりが、 この日も続いてる。

3・11追悼 3・11追悼  台所の「おにぎり隊」の女性陣も、ほとんど2012年からのメンバー。壁に「献立表」を書いておくだけで、
「じゃあ、これが炊き上がるのは何時だから、その前にあれとこれを盛りつけましょう」
「去年はこれくらいの大きさだったから、そうすると今日は〇○個、握ればいいわ」
 手際の良さは、もはや熟練級。
 コンロの上では3つの大鍋に「おでん」、これも1回目から変わらない。
 「この、おでんが楽しみで、来させてもらってます(笑)」と、冗談ぽく話してくれた町のお年寄り。そして 「これはなぁ、気持ちじゃけん、とっといて・・・」渡されたお札。
 そんな心差しを受けたからには、今年も「おいしい!」を目指して仕込みする。

3・11追悼 3・11追悼  5時過ぎには参加者も増えはじめ、裏山の駐車場はほぼ満車、ロウソクの点火もほぼ完了。
 今年の牛乳パック灯ろうは、池とガレージに120個 ずつ、庭に140個、計380個を置いた。1年かけて町の人らが届けてくれた。
 6時、開始。場内には70名ほどの観客。顔見知の方がほとんどだが、初めての方も・・・。
 「黙祷!」東日本大震災被災者と昨年の岡山豪雨で亡くなられた方を悼む。

3・11追悼 3・11追悼  コンサートは一昨年も好評で「また、聴きたいわ」と要望のあった、地元ミュージシャン、ジャズボーカリストの遠藤マリさんと ジャズギターリスト、古川靖久さん。
 二人のコラボに出会えるのは建部ならでは。めったにジョイントしないのに、息の合わせ方はさすがプロ。
 「サマータイム」と「リンゴ追分」を1曲にして歌い分ける神技に満場の拍手。
 外の灯りがオレンジ色にかがやきはじめた頃には最終曲。
 全員に歌詞カードが渡り、東北と岡山の被災者に届けとばかりの「花は咲く」。
 歌い終わってマリさんの目にも涙、最前列のご婦人たちも(記者も)。

3・11追悼 3・11追悼  お待ちかね(?)おでんを食べながらの交流タイーム!
 コンサートの始まりでは昨年より少ない参加者だったのが、この日、平日だったことで仕事を終えて駆けつけた 人たちがドドッと増えて、7時過ぎ時点で100人を超える。
 台所では座る場所もないほどの混雑ぶり。おでんを運ぶ人、おにぎりを配る人。
 ピッツェリア「まる屋」からは「麦コーヒー」が無料で振舞われる。店主マルコが自ら淹れに来てくれた。
 (マルコ)「お店のオープンは今月25日、ヨロシクオネガイシマス!」
 (全員)「了解!!」
 あちこちで歓談の輪が咲く。子どもらだって、久々に会って何やら会議中(笑)。

3・11追悼 3・11追悼  8時過ぎた頃、遠方の人らから徐々に、町中の人らも乗り合わせたり、徒歩で家路へと。
 会場の奥では情報交換真っ最中のグループ。そのまわりをチビッ子らが「キャッキャッ」とかけまわり、浴室から逃げ出てきた愛猫(サン太)もつかまってはならんとばかり逃げまわる。
 こんな光景を前に、この子どもらが大人になって「あの時、たのしかったなあー」と思い起こすことがあればいいなあと 思う。
3・11追悼 3・11追悼  ガレージの8つの灯ろうは煌々と輝き、当分、消えそうにない。それから目を転じると、池のLED灯ろうは点いてるのか、点いてないのか弱々しい。
 「よし、来年は池にも、すべてロウソクを灯し、みごとな光の花を咲かせよう!」

 8年目を終えた老夫婦(記者ら)に、また一つ次なる目標が加わった。

(レポート・三宅優 写真・松下泰成)



 ■ 今年もセツブンソウに会いに行く!  2019年3月6日発信

 先日の建部町公民館で行われた「プログラミング」講座に来られたオニビジョンの佐藤記者から「もう、セツブンソウが咲いていましたよ」との情報。
セツブンソウ セツブンソウ  日々、慌ただしく過ごしていて、すっかり忘れていた。節分の頃に咲くことからその名が付いたが、実際はそのあと頃から開花する。
 雨の合間をぬって出かける、場所は建部町大田の「セツブンソウ群生地」。
 地区の中を抜ける国道から眺めるまわりの田畑や山すそには梅の姿。群生地近く布施神社の鳥居でも見事に満開、 春まっさきに咲くと言われる「マンサク」も枝にびっしり黄色い花を付けている。

 川を渡り山の傾斜地へと進む。昨日の雨で落葉が濡れて滑りやすい。すぐに、遠目に水滴が光っているような点々が見えてきた。 花言葉は「気品」、しかし今日は雨に濡れ、少しションボリ気味に下を向き「可憐」の言葉が似合いそう。 直径2センチ足らず、白い花から覗く青みがかったオシベ。

セツブンソウ セツブンソウ  あまりに小さいので、近づいて見ようとして、「おっと!」足元にいたことに気づかなくて踏みそうになった。 すでに傾斜地に人が入った土すべりの跡。「これじゃあ、セツブンソウも嫌になるだろうな」
 もう一つの花言葉「人間嫌い」。日本のレッドリスト「準絶滅危惧」、 4か月ほど土上に顔をのぞかせ6月には茎を枯らして地中で休眠する。
 小さな命と今年も出会えたことに感謝して帰路に着く、どこからか正午を知らせる「ふるさと」のメロディが・・・間もなく「3.11」から8年目を迎えようとしている。

 (取材・三宅 美恵子 写真・三宅 優)



 ■ 世界の子どもが学んでる「プログラミング」を建部の子どもにも 2019年3月2日発信

プログラミング  来年から小学校の授業に組み込まれることになった「プログラミング」。お父さん、お母さん(おじいさん、おばあさんならもっと)
「えっ、なにそれ?」と、 聞いただけで頭にモヤが立ちこめそう。
 でも、子どもらにとっては「イエイ!ボクやってみたい」となったようだ。
 小学3年生から6年生を対象にした「プログラミング講座」、今朝の建部町公民館3階「視聴覚室」は、かつてない程の盛況ぶり。
 参加者は全員、男子児童(午後の部は女子も参加予定)で、付き添いのお母さんは「親ができないから、子どもにやらせよう(笑)」と申し込んだとか。
 教えて下さるのは岡山大学、おかざき先生、やまうち先生と学生のおおくらさん、いのうえさん、それと主催した地域おこし協力隊の高橋律子さん。

プログラミング  まずは参加者全員がパソコン前に座り、「子ネコゲーム」をやってみる。ものの1分足らず、すぐに夢中。(記者も参加、だが、まるで得点にならない)
 子どもの反応を見て、(先生)「じゃあ、このゲームを自分の好きなキャラクターで動かせるプログラミングを今から作ろう」
 (子どもら)「へー、やるやる」
 (先生)「まずは、XXをクリックして、次の++を右に移動、##を開いて、それを△になおして、次にまた++を開いて・・・じゃあやってみよう」
 (記者)「えっえっ??それだけで、いきなり・・・」
 すると(子どもら)「あっ、できたー」「オレも」
 (先生)「そしたらね、今度は、それに音を入れるね、左の◇◇からQQを選んで・・・動きはY座標を○にしてX座標を-180から・・・」
 前半60分、全員の画面でネコが「ニャーニャー」と動き回り状態。(記者、ギブアップ)

プログラミング  後半は学生さんの作ったゲームプログラミング「ピンポン」「かけっこ」「かくれんぼ」に挑戦。
「うーん、どうすればいいの・・・」「ああー、うごかない・・・」
 子どもの中から苦戦するつぶやき。あちこちで、先生に助けを求めて手が上がる。
 (先生)「さっきやったゲームの動きを使ってみたらどうかな」
 (子ども)「あっそうかー、やってみる」
 時間は間もなく正午、席を離れない子どもたち。

 12時10分、閉会。「たのしかった人?」(7割)「むずかしかった人?」(8割)
  (先生)「そう、むずかしかったんだね、でも、だから、できたときはうれしいんだよ」

プログラミング
 (記者感想)子どもの能力を伸ばすには「好きなこと」をやらせて学ばせる。その通り。ゲームをやるより、ゲームを自分で作る方が断然、面白い。
 今後、小学校の取組みがどういった方向に進むかは未定だが、その内容、評価のあり方、すでに子どもらの中で”差”(日ごろから慣れ親しんでいる子と、そうでない子)ができている中での進め方には当面、試行錯誤が続きそうだ。

  あなたも挑戦してくださいスクラッチゲームはこちら

 (取材・写真 三宅 優)



 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。
 建部のもっとも身近な基幹産業、
ガソリンスタンド。
 昭和39年に設立して以来、半世紀以上に渡って
地元にエネルギーを供給する「内外モータース」。
 2代目社長、横原 雅之さんをクローズアップ

 (取材・写真 三宅 優)

横原雅之 (プロフィール)
 横原 雅之(まさゆき)
  昭和45年、建部町に生まれる
  福渡高校卒業後、自動車専門学校で学ぶ。
  トヨタオートで整備士として勤務。
  結婚を機に実家が営む現会社に入社。
  父の他界後、事業を受け継ぐ。
  現在「内外モータース株式会社」代表取締役社長    
  川口在住。



横原 雅之 (聞き手・三宅 優) 今は従業員の方は何名でやられていますか?
 「従業員は母を含めて5人でやっています。母は中の仕事ですが、まだまだ頼ることが多くて(笑)」

 どんなお客様が中心ですか
 「国道53号沿いですので、やはりENEOSのカードをお持ちの方の利用が多いですね。昔からの地元の方も多くご利用いただいています。あと、口コミで車の整備を頼まれる方もいらっしゃいます」

 一番大変なことってなんですか
 「・・・やっぱり、過疎化が進み、車離れも多くなる中での対応ですね。長くご利用いただいた義理堅いお客様が、高齢で免許を返上されることもありますし、エネルギーも電化になっていく時代ですから」

横原 雅之

 では、一番やりがいを感じることは
 「そりゃあ、もちろん、お客様が喜んでくださった時です(笑)」

 横原さんの同級生には、地元でがんばってる事業者が多いですね
 「はい、すぎ茶屋の杉本君、マイスターヤマモトの山本君、マッシュマンの岩崎君、旭水荘の高田君も。まる屋住宅設計の松下君は高校は違いますが中学まで同級でした」

 では最後に一番大事にされていることは何ですか
 
 「働いている人たちの輪を大事にすることですね。もし従業員同士でケンカしてたら、お客さまにはわかってしまいます。会社の中がにこやかなら自然と良い所が出てくると思います」

 ありがとうございました

お母さんと従業員の方にもお聞きしました

横原 雅之  お母さんから見て息子さんはどうですか
 「何に対しても嫌がらずやってくれます。それがお客様に気に入られているんだと思います。 実際、よくやると思います、朝7時から、夜は9時までですから」

 今日まで、ここまで長く続けてこれたのはどうしてだと?
横原 雅之  「20年ほど前に主人を亡くして、私の母がここにいて、一緒にやってくれました。その間、ここでは福渡高校がなくなり、社会も電気自動車が普及しはじめ、灯油は電気に替わって、油では利益が出ないようになりました。ですから、ボイラーをやったり、できることは何でもやるようにして、油屋ではなくヨロズヤのよう(笑)。でも、そういう風にしなければ、こういう商売は生き残れないと思います」

 従業員の土居川さんから見て、社長さんはどんな方ですか
 「やさしいけど、仕事はちゃんとする人、整備とかはスゴイです。お客様がどんなことを言って来られてもやり遂げる。部品を見つけてきて、必ず仕上げます。さすが、整備士、尊敬してます(笑)」

横原さんの先生、友だちの方にもお聞きしました

横原 雅之  服部(恵子)さんは、書道教室で横原さんを子どもの頃に指導をされて印象はどうだったですか
 「あの当時は大勢の生徒さんがいたのですが、その中でも特に、おとなしくて、すっごい真面目な子だった。
 だからかえって、私には、お父さんの印象が強いんですよ(笑)お父さんは、とってもカラオケが上手で、いっつもニコニコ笑顔でホント―にいいお父さんじゃった。上のおばあちゃんも店の番をされて、それは長く歳を取られるまで働かれていました」

横原 雅之   松下(泰成)さんは、中学校までの同級生だそうですが印象は?
 「それが、僕も服部先生の教室に通っていたんですが、僕の印象はちょっと先生とは違ってて。なにしろ福渡の教室の床の傾いたような部屋に、足の踏み場もないほど生徒がいて、ですから何と言うか、いつも床に墨が飛びちってるわけです。だから、僕らソックスを汚さないように歩くんですが、彼はいつも裸足で、足の裏を真っ黒にしても気にしないで歩きまわってた。そんな頓着しないところかな(笑)」



横原 雅之  【記者感想】
 これまで数百人に及ぶインタビューをしてきた記者だが、ここまで寡黙な人には出合っていない。 イチオシの紹介者、勝部編集長でさえ「とにかく、まじめなんだよ」で、それ以上のエピソードはなし。
 ・・・「困った!」。
 しかし、やがて気づいた、それこそが彼のキャラクターなのだと。誰からも共通のイメージ、熱心で、努力家で、それでいて決して人の前に出しゃばったりしない。
 そんな横原さん、三人の子の父親でもある。お母さんの自慢もどうやら、このお孫さん。九州のイラストを手掛けるIT企業でがんばる長女の方の話しになると目が輝いてくる。
 外では寒風の中、忙しく動き回る従業員の方たち。その中からは絶え間なく笑い声がして、「ああ、アットホームな職場って、社長の人柄で決まるんだな」と感じ入った。
 静かさの中に、たくましさを秘めている社長にエールを。
 
(三宅 優)


 内外モータース
 岡山市北区建部町福渡990-1 地図
 ℡086-722-0122   
(営業時間)
 7:00~21:00(平日)
 8:00~19:00(日)
 定休日:第3水曜日




 ■ 「旭川源流の碑」が完成、これから岡山県内各地へ出発! 2019年2月26日発信

源流の碑出発 源流の碑出発  2月22日朝9時30分、一時限の勉強が終わり、建部小学校の5、6年生が続々と体育館前の広場に集合。待ちに待った「旭川源流の碑」出発式です。
 昨年の11月24日に富沢地区の山で切り出した栗の木の大木が田地子の神社に運ばれ、1カ月ほどかけて地区の人たちやボランティアで皮むき、磨きをかけた原木が建部小学校の工作室に移動。
 5、6年生の子供たちが、碑の名前を筆文字で「旭川源流田地子川」と書き、原木に貼り付け、数日かけて大人の人たちと一緒にノミの使い方などを教わりながら木彫りを しました。その後、各グループに分かれて「よいとこ建部」「田地子の棒つかい」などと自分たちの思いを書いた「のぼり旗」をつくりました。

源流の碑出発 源流の碑出発  出発式では田地子川流域の町内会長さんなども一緒に通行手形を田地子地区の本田町内会長さんに手渡され、子供たちは源流の碑を乗せたリヤカーの両側に立ち、飾り紐をしっかりと握りながらグランドを一周、公道に出ました。
 リヤカーといっても道路交通法に則っとり、左側通行です。津山線の踏切を渡り、マルナカを右側に見ながら建部町文化センターへ到着。 3月2日の建部出発までここに展示されます。
 その後、旭川の市内の中心部を抜け瀬戸内海へつながる三番まで下っていきます。そして県北の旭川流域の各地域を巡りながら8カ月ほどかけて、11月に建部の田地子地区まで戻ってきます。長い長い旅の始まりです!

 (取材・写真 勝部 公平)



 ■ こんなにも楽しい田舎体験、田地子で遊ぶ親子の一日 2019年2月25日発信

環境フォーラム 環境フォーラム  すっかり定番となった「めだかの学校」主催の建部での体験学習。
 その中でもひときわユニークなのが、毎年この時季に開催の「親子環境学習フォーラム」、名称は堅苦しいのだが、内容はいたってやさしい。
 従来の自然とのふれあいとは一味違って、人とのふれあいに重点を置き、建部の農村で守られてきた伝統や文化、人々の暮らし、それを丸ごと肌で感じてもらおうという狙い。
 机上では簡単なこの企画、いざやるとなったら地域ぐるみの協力が不可欠で、それに応えられる地区を見出すのは、かなりの難題。
 田地子地区は住民100名余りの小さな集落。古くから多自枯鴨神社を祀り、村民が結束し地域を守って来た。幸いに地区の町内会長、お年寄り、青年部、皆が自分たちの地域を元気にすることに積極的。
 今回も、前日には会場となる神社境内の掃除や食事の準備などを整えてくれていた。

 さて、時間は9時半(24日・日曜日)、会場前の駐車場に次々と車が到着、参加者は10家族の25名。どんな、体験が待っているかな?
 まずは、実行委員長、河原陽子さんより開会の言葉。
「皆さんが、この建部町に来て、人や自然にふれて、ああー楽しかったわーと言って頂けることを願っています」そして大鳥居の前で記念撮影、「パシャッ!」

環境フォーラム 環境フォーラム  では、第1メニュー「花炭づくり」へ。松ボックリ、ドングリ、カシの実、南天・・・?「これなあに?」
 「オクラの実だよ」するとそばで聞いていたお父さん、「あっ、これ、前に長男と来たときにスッゴイきれいね出来て、今も玄関に飾ってます」(うれしーねえ)
 お好きなものをチョイスして空き缶へ。蓋をして、熾った炭火にのせて、出来上がりはお昼過ぎ。
 焼芋も作ろう。これも出来上がるのは2~3時間後。側では火が焚かれ、寒ーい建部もここだけは野外温室。

環境フォーラム 環境フォーラム  古本先生から、この辺でどこでも見つかる「春の七草」を教わってから、次なる第2メニュー「自然素材工作」
 ヤジロベーと竹鉄砲、作り方は・・・の前に、どんなふうに遊ぶかデモンストレーション。
 ヤジロベー、ドングリの両側に竹ひごを刺して、両端にもドングリ、すると、あら不思議「あっ、立ってる!」
 竹鉄砲は、竹筒に濡らした紙玉を詰め込んで、竹棒でエイッと勢いよく押すと「スポッーン!!」
 これを見て、ボクもやりたい、わたしもやると大騒ぎ、「まあまあ、急がなくても材料は無くならないよ、今から作り方を話すね」
 スタッフの講師が説明を始めたものの、子どもたちの顔は「すぐにやりたい!」モード。そこで「じゃあ、とりあえず、考えながらつくってみよう。わからなくなったら先生たちに聞いてね」 

環境フォーラム 環境フォーラム  境内の陽だまりのあちこちで、無心にノコで竹を切り、キリでドングリに穴を開ける親子の姿。
 そのうち、「スポーン」「スポッ」と鳴り出して、テーブルではクロスケのヤジロベーが「ゆら~り」「ゆらり」

 下の集会所から声がして「いまから、もちつきはじめまーす、A班の人は来てくださーい」第3メニュー「餅つき」開始。
 木臼に入った蒸したて餅米、大人たちがこねた後、子どもたちの出番。「ヨイショッ!」「ヨイショッ!」とまわりの掛け声受けて、にぎった杵にも力が入る。 突いた餅は地元のお母さんたちといっしょに丸めてキナコとアンコで。「オレなんか、6つも食べたんだぜー」自慢する子、このあとの昼食が心配?

環境フォーラム 環境フォーラム  2臼の餅つきを終え、境内に設けられたテーブルに昼食が並びだした。
 色とりどりの「おにぎり」とサトイモ、大根、コンニャクの「煮物」、黒豆、漬物、そして具沢山の「シシ汁」。
 「うわー、餅、あんなに食べなきゃよかったー」後悔するも、おなかは一つ。それでも食べはじめると「うまい!もう一杯おかわりしよう」とタフな食欲のおとうさん。
 昨年、朽ちた大杉を切り払った神社の空は広々と青い。その下のブルーシートで家族で食べる「田舎のごちそう」に誰もが満足気。

環境フォーラム 環境フォーラム  午後からは第4メニュー「お祭りや地域のお話し」
 本田区長さんが昔、人々が使っていた農具やコタツ、秤(はかり)、大ノコを手に 「昔、この山里に4百人からの人が暮らせていたのは、お米を育てる川が流れ、冬、暖をとるマキがとれたからだよ・・・」と説明。
 「そしてね、収穫の終わった村では盛大な祭りがおこなわれたんだよ、これから観てもらうは、棒遣い(つかい)と言って、旭川流域にだけ見られるんだよ」

 鮮やかかな衣装に身を包み登場したのは、地元、小学5,6年生の児童二人、東(ひがし)君と行森(ゆきもり) 君。大人の背丈もある棒を手に、気合を込めて「カーン!」とぶつけ合う。退いては、また「カーン!」
 参加者の子どもらも、自分と同年齢の子らが行う演舞に圧倒されたのか、「・・・」と言葉も出ず。  

環境フォーラム 環境フォーラム  第5メニューは「田地子の里山歩き」
 本田区長さんをガイド役に全員でブラブラと道筋を散策、子どもの中には「ボク、もう帰りたい」の声。
ところが、前方で白い物が動いているのを発見、 「あっ、ヤギだ!」と駆け出し、産まれたばかりの子ヤギも顔を出す。
 イノシシの檻(オリ)も見学し(「わたしも入ってみたい」「すごい、こんなに大きいんだ」)、三階建ての古民家も探検し(「タイムスリップしたみたい」)、 帰路に着く頃には、裏道を走り抜け、石垣によじ登りとすっかり村の子に。  

環境フォーラム 環境フォーラム  フィナーレは「花炭」オープン
 ツヤツヤと黒光りして表れた、松ぼっくり、楓の実、栗のイガ・・・そして、オクラ(笑)
 この日、参加者とスタッフで地区の人口は1.5倍に膨れ上がった。道筋でニコニコと笑顔で迎えてくれたお年寄りたち、互いに交わす言葉は少なかったけど、 「またきてね」と「また来ます」の思いはしっかりと伝わったようだ。

(取材・写真 三宅 優)



 ■ 「オオアメニモマケズ・・・」生き物たちは生きている 2019年2月23 日発信

ふるさと学習 ふるさと学習  去年の7月の大雨、人々にもたらした災害の大きさは測り知れない。水で溢れた川辺の生き物はどうなっただろう。 その報告が聞ける今日の日を関心を以って待っていた。
 竹枝小学校の「ふるさと学習」、毎年この授業では岡山理科大学の学生さんによる「旭川かいぼり調査」の報告がなされる。

 午前9時半、まずは1~2年生が「土師方川の生き物について」発表。
 「ヨシノボリ」汁もので食べるところもありますが、今はぜつめつきぐしゅです
 「ザリガニ」あしは8本あり、子どもはカラがやわらかくてだっぴしてかたくなります
 「メダカ」オスの尾ひれのトゲはメスが卵をうむとき、さするためです
 「ヤゴ」水ロケットのようにすすみます。14回もだっぴするのが、ふしぎです


 続いて3~4年生、「ヘチマについて」
 へちまの名前は、唐ウリともよばれて、この「と」の字が「イロハニ・・・」の「ヘ」と「チ」の間(ま)にあるので「ヘチマ」だそうです(ヒェー!大人たちも感心)
「旭川の水質調査」もしました。CODテストの結果、よごれているのがわかりました。そこでゴミひろいをしました


 5~6年生、題して「Youは何しに竹枝へ?」
 「カメムシ」教室に来て、困らせるのはなぜ?冬眠をするためです。ミントの香りでにおいが消えます
 「アシナガバチ」対応はそっとしておくこと、香水とかに反応するので強いにおいはさけてください
 「スズメバチ」エサをさがしてきます。メスだけが毒をもっています。近づかないことです
 「テングチョウ」水のあるエサが多いところにきます
 「カマキリ」カマキリの頭にハリガネムシがはいって、脳をあやつります
 けつろん、人間のつごうだけで、はいじょするのはまちがっています。きょうぞんがたいせつだとおもいます
 
子どもたちの発表で、保護者や地域の方らのうなずく姿が垣間見れた。

ふるさと学習 ふるさと学習  休憩後、岡山理科大生による「かいぼり調査報告」7月の大洪水の影響は?

 まず生き物の種類について、ブルーギル、カムルチーなどが激減。いわゆる泳ぐ魚類は流されてしまったと考えられる。
 そして調査種、「アカザ」と「カジカ」について「アカザ」は増え、「カジカ」は減少。
 この理由として「アカザ」はこの時季、産卵期にあたり増水により産卵が活発になった。 逆に「カジカ」は3~5月に産卵を終えているため、流されたと考えられる。
 また、去年の夏の川の水温が32℃の高温になったにも関わらず、生き物が生息できた理由の一つに「湧水」の存在が考えられる。
 いくつかのポイントで湧水があり、その水を調べると砂防ダムの上の水質と同じだとわかった。水温が7度も低い、この「湧水」が適した環境を生み出している。
 「水生昆虫」についても報告がなされた。
 56種の存在が確認され、これだけの多い種類が残れたのには、この川がさまざまな生息環境を持つことと、昆虫自体に適応力があると考えられる。

 最後に、岡山理科大、齋藤先生から総評。
 「実に、子どもたちは、いっしょうけんめいに調べて、いい発表がなされました。CODテストなど小3の子の方がよく知っているぐらい(笑)。大水の後(県内)40か所を調べて、そのどこでも生き物が残っていました。生き物は知っているんですね、どうすれば生き残れるか」 (拍手!)

 (取材・写真 三宅 優)



 ■ 岡山のトレイルランナーが建部に集結する! 2019年2月17 日発信

トレイルランニング

 聞き慣れない名前だと、お思いの方も・・・。
 「トレイルランニング」(以下、トレイルラン)。ウィキペディアをひも解くと、陸上競技の一種で舗装されていない山野を走るレース。 距離は数10kmから100kmを超えるものまであり、時間も数時間から数日かけることも。標高の高い地を走るなど、かなりの耐久力が求められ、 そのためマラソンと違って、必要な装備を入れたリュックを背負う。
 国内でも開催されており、毎年1000人を超えるランナーが参加している大会もあるとのこと。

 そんなエキサイティングなスポーツが、ここ建部で、今、広がろうとしている。県内の愛好者たちが集まり、トレイルランを市民スポーツとして確立しようと 「岡山県トレイルランニング協会」の設立に向け動き出したのだ。
 その記念すべきイベントが、来月(3月21日・祝)に建部町文化センターで開かれることが決まった。事務局を担当する堀米 恵(けい)さんにお聞きした。

トレイルランニング  協会設立会場を建部にされたのはどうしてですか

 「一番は、やはりこのロケーションですね。県内全域を対象として協会を設定しているので、どこからもアクセスが良くて 駐車場の確保が可能な建部が最適だと判断しました。それに、実際にトレイルできる自然がそばにあるのがいいですね。 僕自身も、ここは妻の実家でもあり、走り慣れていることもあります」

 今回の設立イベントの注目点はなんですか

 「日本のアドベンチャーレーサーの第一人者、田中 正人さんを講師としてお招きしています。また、県内のトップランナーによるセミナーもありますので、これらはレースをやる人にとっては、またとない機会になると思います 」

トレイルランニング  今後、建部との関りにおいてはどんなことをお考えですか

 「できるだけ、地元を巻き込んで、地元の人の理解を得ながら進めていければいいなと考えています。 そのために子どもが参加できるワークショップなどもやれたらいいですね」

 さて、またもや現われ出でし「たけべの魅力」。
 今は人が踏み入れることの少ない山中を、舗装されていないでこぼこ道を、楽しめる場に変えていく。 そんんな時代の到来に、まだまだ建部はこれからが掘り起こされると期待される。


 <詳細は下記より>

 岡山県トレイルランニング協会
 「 設立総会・ 記念イベント開催案内」(PDFにて)
 ホームページ
 フェイスブック


 (取材・三宅 優 写真・松下りえ 写真提供・岡山県トレイルランニング協会)



 ■ 「ギンギンギラギラ 生きて行こうー♪」健康づくり交流会 2019年2月13 日発信

健康づくり 健康づくり  回覧板で案内が来た。福渡学区栄養委員会主催の交流会。「300円昼食付?」すぐに申し込む。
 今朝10時、保健センター講堂に設けられた「コの字」のテーブルはすべて満席。ざっと60名、ほとんどの人が顔見知り。
 「久しぶりね、あけましておめでとう」の声もちらほら。
 最初は当然、栄養委員体操組による「岡山市民体操」から「♪♪・・・××」
 ところが、今日の参加者は元気者ぞろいと来て、足を踏むたびにCDが飛ぶ。 はじめからやり直すこと4回、練習も終えやっと本番。「いやー動いたなあ」
 今日の参加者、男性は4分の1、それでもいつもの集まりよりもグ~ンと多い(答えは最後に)。

  健康づくり 健康づくり  栄養委員さんからは「野菜1皿、塩-1グラム、身体活動+10分」の提案。
 野菜不足は今より1皿工夫して多くとる(毎日、野菜鍋でOK!)。
 塩は麺のスープを残す(こりゃあ、もったいなくてできん)。
 身体活動は近くは歩きと自転車(これも毎日OK!)。

 入口から太鼓にクラリネットで「愛染かつら」の昔なつかしのメロディーで、やって来ました「みつちんどん」芸人123・・・7人の登場で老々男女、大喝采。
健康づくり 健康づくり  「ドジョウすくい」の名演技に男どもは目が煌々(コウコウ)。マジックショーでは、ご婦人どもが身を乗り出し、どこにタネがあるのかで目は釘付け。
 全員合唱も、ただ歌うだけでは物足りないと、両手をあげて最初から最後まで手首を動かし「ギンギンギラギラ 夕日が沈む・・・♪」
 最後は、保育園の出し物では定番の・・・そう、「ジンギスカン!」
「ジン、ジン、ジンギスカン・・・オホホホホー!ワハハハハー!!」で締めくくり。

健康づくり  時刻はお昼前、「どうりで腹が減ったわい」。
 奥の料理実習室で10数名の栄養委員さんによる手作りランチが今か今かと出番を待つ。
 本日のメニューは「鳥唐揚げ」「ホーレンソウ胡麻和え」「長いもとワカメの酢の物」具沢山の「けんちん汁」「青菜ごはん」とデザートの「豆乳寒天」。

 ソワソワ顔のお父さんと「今日はいっしょに来たので、主人のお昼、用意しなくて済むわ」とニコニコ顔のお母さん。
 そうかー、どうりで今日は男が多いと思ったわー「ワハハハハー!」  

(取材・写真 三宅 優)


 ■ 寒~い、でも、だから楽しいんだ里山は 2019年2月11 日発信

花炭作り 花炭作り  最強の寒波の到来におののく日本列島。建部平野も朝から白いものが舞い降りる。
 そんな中、富沢地区鳥越池にある里山キャンプでは子どもたちのかけまわる姿。
 今日(10日)は「めだかの学校」が主催する「炭焼き、マキ割り体験」の日だ。
 だが、あいにくのインフルエンザ流行りで申込者多数がダウン。それでも8家族、19人とスタッフ10名余りが白い息を吐きながら集合した。

花炭作り 花炭作り  まずは、マキ割り体験!
 と言っても、昔のように斧で割るのではなく、今は機械の時代。大型マキ割り機を操作して、直径50cmのマキを「メリッメリッー」と両断。
 これなら、どんな大物でも大丈夫。続いては、炭焼き小屋探索!
 先ほど割ったマキを窯の空気がなくなるまで燃やし続けたら、炭ができるんだよ。会長さんの説明に大人のほうが「へー、そうなんだ」と納得。
 広場では山と盛り上げたモミ殻の上に立てたエントツから白い煙り。
 じゃあ、今から焼芋作りを始めます。サツマイモを新聞紙でくるんで、それを水にビタビタと浸け、アルミホイルで包みます。後は、黒く焼けたもみ殻の中に入れて、お昼ごろにはできてるかなあー。

花炭作り 花炭作り  そして、本命「花炭づくり」。空き缶にモミ殻を敷きつめ、松ボックリ、どんぐり、桐の実、楓の実を入れて蓋をして、これは火起こしした炭の上に2時間ほど置いておくよ。
 蓋に開けた通気穴の煙が透明になったら完成だよ。
 まだまだ、やることいっぱい里山体験。今度は「マイ箸づくり」竹を切り出しナイフで削りながら、先を細く、丸ーくしていくよ。親子で協力してやろう。
 その間、お母さんたちには最重要任務「イノシシカレー」作りが待ってるぞー。
 玉ねぎ、人参、ザクザクとジャガイモは大きめに。オリーブ油でイノシシ肉を炒めて、2つの鍋で30人前、どうかなー、足りるかなー。 ご飯は釜で炊き上がり、プンプンプンといい香り。

花炭作り 花炭作り  見てみると、この里山で手を休めている人はだれもいない。みーんな、目の前の与えられた仕事に一生懸命。だから、やっぱりおいしいよね、自分らで作ったカレーライス。
 満腹になってからは「お~い、子どもらよ、山からおりて来なー、缶を開けるぞー」
 はたしてどうかな、ワクワク。
 「できてる、できてない?ううーん、まだ早かったかなー」
 大丈夫、どれにもちょっとくらいは、とってもきれいなピカピカの黒炭が!。

花炭作り 花炭作り  参加者の声「結局、街の中での休日は部屋にいるかしかなくて、でもこんな機会があれば出て行こうかなって・・・山を見るだけでも楽しい」
 焼芋も、出来て、どうですかお味は?
 「とっても、ホクホク、おいしいわー」と答えてくれたお母さん。
 只今「カレシ(トモダチ)募集中でーす!」
 そう、自然の中ではだれもが自由、照れることなく、いっぺんに子どもの頃に帰れる。だから、里山って「深い!」んだよー。

 (取材・写真 三宅 優)



 ■ 福渡町内会「空き家対策」勉強会のレポート  2019年2月8 日発信

オリエンテーリング  少子化、高齢化、過疎化・・・建部町に限らず、日本のありとあらゆる地方の中山間や離島で起きている課題。
 今日は、その中で建部町福渡町内会が抱える「空き家問題」について、実際に地域振興の最前線で奔走されているローカルエンタープライズ代表の 藤井 裕也(ひろや)さんにお話を聞く機会が持たれた。
 藤井さんは、ご自身も地域おこし協力隊の一員として上山集落の棚田再生にも関わり、その後も美作市梶並地区で地域活性化の先頭に立って来た。
 尚、この会合には岡山市役所から事業政策課の宮本、安藤両氏も参席された。
 はじめに、この会を依頼した福渡町内会会長、窪藪和男さんから福渡の空き家、人口減少について説明があり、60軒余りある空き家対策の急務が伝えられた。
 それを聞いた藤井さん、「えっ?福渡は60軒ですか、僕の梶並は200軒ですよ」(ホー!町内会全員が驚き)
 このあと、自身が梶並地域で取組んできた、移住者を受け入れるまでのステップを例に話が進められた。
 主体となったのは有志(何とかしようという人たち)と地域おこし協力隊による協議会。そこをベースに行政と入所者を巻き込んだ活動へと発展。
 移住希望者のための「お試しハウス」を設け、最低でも一年は住んでもらう。理由としては冬を体験してから決めてもらうことが大切だから(ここでも一同、その長さに驚き)
 呼び込みは60代の人をターゲットにして、定住を強いるのではなく10年間、住んでもらうことを最善と捉え、若い人より確かな年代への誘致を図った。
 途中、窪藪会長から「この福渡でやるには、やることがいっぱいあって、どこから手をつけていいやら、考えあぐねているのだが」との問いかけに、
 「僕も、それでも、ここまで8年間かかりましたから、そう簡単にはいかないとは思いますが、ある程度のイメージと計画ができていればやれると思います」と話された。 (一同、また溜息)
 行政側の宮本さんからも「まずこの地域がどこを目指すのか、他所の事例がここの事例になるとは限らないので、あくまでも時間をかけて、10年間とかの視点で固めていくことが大切では」とアドバイスがあった。


 閉会後「そもそもの始まりが、不幸のはじまり」そんな言葉が浮かんだ。
 記者ら(夫婦)は9年前、東京からこの地が気に入って移ってきた。妻は時給700円の仕事が見つかって喜んだし、私も駅が近いので嬉しかった。 この町の人には何が不足していると言うのだろう。
 参加していた、田地子区長の本田さんが「私の地区から見れば、それでも福渡は恵まれている」とコメント。
 そうだと思う、「ここには何もない」から考えが始まり、結果は「だから何も得られない」
 福渡だけでなく建部町のさまざまな会合に出るたびに感じる疑問。
 「これだけの生活環境を持ちながら、それを幸せと捉えられない大人たちの不幸」

 記者の以前からの提言は「何もしなくていい、今あるものを良しとして、大事にし、それについて皆でわかり合い、そのために町内会は全力を尽くせ!」
 なぜならそれだけでも、大変な事業なのだから。

(取材・写真 三宅 優)



 ■ 「建部町ボウリング大会」は永遠のベストスポーツ!  2019年2月6 日発信

 ボウリングというと、かつての女子プロボウラー、中山選手や須田選手を思い浮かべる記者だが、さにあらず。 今も女子プロボウラー本間成美選手とか人気選手を輩出、人気らしい。
 あるデータによると、日本のスポーツ人口の1位はウォーキングで、2位が、なんと ボウリングだとか。そんなボウリング、この建部でも「ン十年」と続いてきたのをご存じだろうか。
 「建部町町民親睦ボウリング大会」は今回で60回を重ねる超ロングスポーツ。 その大会の報告 が事務局の河原孝輝さんから届いたのでお伝えする。

ボウリング大会  「さる1月28日に津山市ツモクボウリングで開催、厳寒の折りにもかかわらず、老若男女24名の参加者があり、和やかに、また時折り歓声を上げ、 ゲームを繰り広げました。当初の目的である、親睦交友を深めるとともに、平素の運動不足やストレス解消ができたものと考えます。以下、当日の結果(3ゲーム)です」

 優勝  藤本 恵子さん  551ピン(HDC150ピン)
 準優勝 河本 恭世さん  521ピン(HDC144ピン)
 3位  池永 明生さん  512ピン

 ハイゲーム(スクラッチ)
 男性 池永 明生  199ピン
 女性 岸 唯奈さん 164ピン

 次回、開催日は5月27日(月)20時~(ツモクボウリングにて)




 ■ 「夢を探し求めて・・・」建中2年生の立志式  2019年2月2 日発信

 「今の自分の思いをせいいっぱい発表します」(生徒代表)の挨拶で始まった、建部中学2年生の土曜授業「夢と希望を語る会」
 朝9時15分、建部町文化センタ―大ホールに2年生と保護者が座った。  
この日は他の学年も小ホールと校内で発表があり、かけもち取材が難しい。 オニビジョンさんも、この「夢と・・・」の発表に絞ったようで、記者も倣いメモ帳を開いた。
 なお聞き書きゆえ、また初めて耳にする言葉もあり、内容に間違いがあるやもしれないことをお断りしておく(以下、発表順にを紹介)

夢と希望 「看護師になりたい。福渡病院に職場体験に行き、一人でも多くの人の助けになりたいと思った」

 「整備士に。職場体験でハートアップワールドに行き、いろいろと学ぶことができた」

 「人から信頼される大人になりたい。今は、一日一日努力してがんばりたい」

 「病気の人の世話をしたい。きっかけは父が病気で、反応のない父を看護師さんが、お父さんの足を洗ってあげようと言ってくれて。もし看護師さんが声を掛けてくれなかったら、私は亡くなった父の体を拭いてあげることもなく後悔していたと思う」

 「5人兄弟なので、小さい弟の面倒をよく見ます。卵アレルギーの弟には食べものを与える時も注意が必要です。今は子どもと接する仕事、ベビーシッターか保育士になりたいです」

 「生物学者。理由として生き物が好き、生き物についてもっと知りたいと言う気持ちが強いから。大学に入り大学院に進んで、大学に残って研究をして。 成功する人は少ないかもしれないけど、がんばりたい」

 「音楽の仕事。ワンオクロックのライブに行ったら、夢の中にいるようだった。ギターを小6から始めていて、高校に入ったらバンドを組みたい」

 「教師になりたい。小学5~6年の時、いろいろ困ってたら先生が助けてくれた。建小に職場体験で行き、小さい子と触れ合うことの楽しさや大変さを学んだ」

 「英語教師。理由の1つは英語が好き。2つ目は子どもが好き。3つ目は中学の熱心な先生から夢をもらった。今度は私がそれを与えたい。東京オリンピックや万博で観光客と会話して交流したいです」

 「安定した人生を送りたい。人生は楽しいだけではなく苦しいことも多い、裕福なのも良いことばかりではないようだ、だから自分は安定した生き方が向いていると思う。親が安心して老後が送れるように今できることは勉強することだと思う」

 「体育教師。スポーツが好きなので、好きなことを仕事にしたい。そのためにも、いい高校を卒業することが大切だと思う、多くの勉強をしなくてはと考えている」

夢と希望  「古生物学者。古生代の生き物、絶滅した恐竜とかに関心があるので。職場体験はめだかの学校で、魚の餌やり、室温チェックなどを教わったけど、中庭整備が最も大事だと知った」

 「教師。建小に体験学習に行ってそう思った。建中の先生にもいろいろと教わりながら、進んで行きたい」

 「スポーツトレーナー。野球で肘を壊したとき、療法士の方がトレーニングメニューを作ってくれて3カ月で復活できた。選手と接しながら、怪我のサポートをしたい」

 「薬品を販売する登録販売者。薬局に職場体験に行きました。テレビでも薬の副作用のことが放映され恐さを知ってから、特別な仕事だと思った」

   「野球選手。小5のとき、友だちに誘われソフトボールの楽しさを知った。将来は高校野球部から甲子園、プロ野球選手になれたらいい。そのためには強豪校に入りたい」

 「将来の夢はまだありません。高校に行くぐらい、でもそれも行きたくはありません。今はそれ以上には夢は広がりません。職場体験はマルナカに行きました。失敗もありましたが、当たり前のことをするのがむつかしいと思いました」

「ハッキリはしないけど、地域の人に喜んでもらいたい。公民館で職場体験をして、たけべマルシェの荷物運びや場所の設営をして、皆に喜んでもらい達成感がありました。」

 「父の後を継ぎ、お寺の住職になりたい。父と一緒に法事の手伝いをして、来られた方と楽しく話ができ、準備にもやりがいがあった。高野山にも行き、空海が観たのと同じ風景に興奮しました」

 「整備士。ハートアップワールドに職場体験して、1日目は車を拭く作業でちょっと後悔しかけたけど、2日目からタイヤ交換とか楽しくなり洗車も苦にならなくなった。父が家のバイクを手入れするのを見てカッコいいと思ってた」

 「N高校に入りたい。ネットコースだと自分の時間がもてて、全国のクラスメートとも友だちになれるから。他の高校にないカリキュラムがいいと思った」


夢と希望  「西大寺高校へ行きたい。県下で一つだけ国際情報科があるから。学校の催しも体育祭と文化祭の両方をやる秋桜祭があって、楽しそうだから」

 「介護の仕事。父がしていたので興味を持った。それと小さい頃、手術をして人の助けを受けたから。家に祖母がいるし、お年寄りが安心して入浴などの介護ができるようになりたい。少子高齢化の時代、僕たちが支えていかないと、と思う」

 「生物に関わる仕事。カエル、亀、恐竜、新聞で見つけると切り抜いて何度も読んでいる。福井県立博物館で恐竜発掘ツアーにも参加した。 職業体験はメダカの学校に行きずっと観察してても、飽きなかった」

 「小学校教師。私も小学校で先生に助けられたので、福小に職業体験に行った。 テレビでいじめにあった子が自殺したのを聞いて、先生は一人一人の話を聞くことが大事だとわかった」

 「土木の仕事。テレビを観て、外国人が技能実習生として日本で働いているのを知った。人手がないと日々の生活ができなくなると思った、土木は人気がないけど、人の役に立ちたいから」

 「車の整備士。おじいちゃんとドライブしたのが楽しくって、本で車の勉強をした。職業体験はハートアップワールドに行ってタイヤの空気圧を測ったり、普段使わない工具を見せてもらった」

 「祖父が理容師をやっていて髪を切るのを見てカッコいいと思った。小さい頃からお店に出て、お客さんに可愛がってもらったので、今は祖父と一緒に働くことが一番の夢!」

 「保育士。兄妹が多いので、認定こども園に職業体験に行きました。子どもに懐かれ、ふれあって楽しかった。将来は国家資格を取れるよう、今から勉強したい」

 「おもちゃを創る人。誕生日に仮面ライダーの変身ベルトをもらったのが嬉しかった。夏休みは6才の従弟と合体ロボットで遊んだ。今度は僕がおもちゃを創って人をたのしませたい」

 「甲子園に出ること。小2から始めて、今、硬式野球が楽しくなった。全国大会にも出て甲子園も行きたい。でも、これからもっと厳しい練習になるけどがんばっていきたい」

夢と希望  「夢はまだないけど、竹枝小に職場体験に行って、作文の点検や計算ドリルをチェックした。先生から、×をつけるときは小さくしないと、その子が傷つくからと言われ、先生はいろんなことに気づかうので大変だと知った。今は高校に入って夢を見つけたい」

 「大学に行きたい。そのための高校がどこがいいか、オープンスクールに行って、普通科と工業科4校を観て、やはり大学に行くにためには普通科がいいと思った」

 「小さい頃からずっとやりたいことがありました。パティシエです。ケーキ屋さんに職場体験に行きワクワクして通いました。生クリームの計量の正確さには驚きました。同じ夢なら、人のため、人がよろこんでくれる夢に就きたいと思うようになりました」

 「夢がまったくありません、大人になっても何になるか決まっていません。今は休み時間を活かして少しでも勉強して、少しでもいい高校に行くことを目標にしたいです。でもこの作文を書いていることは、将来の夢につながることの意思がある証明でもあると思います」

 「あきらめない、達成感、やりがいがある。クラスの子は家を継ぎたいとか、しっかりとした考えを持っていて、同じ年齢なのにずいぶんと違うと感じた。 マルナカに職場体験に行き、疲れる日もあった、でも一日働いた達成感もあった」

 「動物関係。トリマー、ドッグトレーナー、獣医師。家で犬を2匹飼い出した、ダックスフンドで病気にならないよう心掛けるようになった。できれば、ペットからも飼い主からも信頼されるトリマーになりたい」
夢と希望
 「これと言った夢はまだありません。公民館の職場体験で文化祭のパネル出しを手伝い、とても助かったと言われたのがうれしかった。 僕は将来しっかりと働かなくてはなりません、しかし今のままでは・・・。中学の勉強をしっかりやらねばと思っています」

 「まだ、ありません。正直どうしようか、私の友だちは具体的に何になるか持っていて。私は矯正をしていて、叔母が歯科衛生士をやっているので話を聞きました。歯科衛生士になるにも、道がいくつかあることが分りました。まだはっきりとは言えませんが、今の生活に、いっしょうけんめい取り組んで、ボランティア活動もやりながら見つけたい」

 (記者感想)
 今の中学生の置かれた状況の厳しさ、むつかしさが伝わった。「自由に、好きなことを、無限の可能性に向けて」の先に待っている、既定の枠組み。 生徒たちは、その障壁の前で、たじろみ、何とか乗り越えようと・・・。それでも、社会を変えられるのは、乗り越えた君たちしかいない。

 (取材・写真 三宅優)




 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。
 建部に生まれ、建部で育つ。夢はもっと
 奥深い田舎で暮すこと。
 自然との共存をテーマに積極的な活動を
 試みる佐藤 安奈さんの登場。
 (取材・写真 三宅 優  写真提供・佐藤安奈)

佐藤安奈 (プロフィール)
 佐藤 安奈(あんな)
  平成5年、建部町吉田に生まれる
  御津高校卒業後、岡山大学マッチング
  プログラムコースに入学。
  環境、自然、農村といった地域の
  あり方について学ぶ。
  卒論は建部の里山活動をテーマに上げる。
、 現在、生活協同組合おかやまコープに勤務。
  吉田在住。


(聞き手・三宅 優) 小さい頃から自然が好きだったんですか?
 「竹枝小学校の時、しっかり川で遊ばせてくれました。魚取りとかして、川を汚さないように教わりました。 田植え、稲刈りとかイイソも作ったりして、山で秘密基地をこしらえようとしたり、ホント小学校は楽しかったです。
 学校で合鴨農法もやったことがあったんです。合鴨は食べれるよーっと言われて、いやだーと思って、結局、担任の先生が引き取って行きました。 学んだことは、合鴨は汚い糞がいっぱいポトポト落ちて大変だってこと(笑)」

佐藤安奈  その頃には「水辺の楽校」があったんですか
 「いえ、私が卒業した後にできました。できて、とっても羨ましかったです」

 中学ではどんな生活でしたか
 「バスケ部に入って、バスケ一筋だったですね。でも中2の時、半月板を壊して、円板状半月板だったので、三年の大会に出るつもりが、とっても悔しくって・・・先生も良い先生でした」

 高校はどちらですか
 「御津高校です。下の姉も同じで、姉から”試験も楽だよー”とか、”テストに出るところも前もって言ってくれるよー”とか教わってたので。 とにかく、勉強したくなかったです、楽にやりたかった(笑)」

 部活の方は?
 「バスケに入部しました、一応、キャプテンになりましたが、いつも人数が少なくて弱小のままでした」

 そこから、岡大に行かれたわけですね
 「ええ、マッチングプログラムコースに入って、それは何かと言うと、自分に合った講義を何でも受けれるコースなんです。最終的には4年の卒論の段階で、どこかの学部を選ぶことになるのですが」

 どんな勉強をされましたか
 「農村の振興策とか、地域活性化、鳥獣対策とか・・・。最初、スローライフと言うか、”心豊かに暮らせたらいい”、どうしてみんなそこに気づかないのだろう? 何でもかんでも、値段をつけてしまうのか、自給自足でいいのにと思ってたんです。でも、大学の途中で、農村が生き残っていくには、しょうがないのかなあって考え始めて、じゃあ、学ぶかって(笑)」

佐藤安奈

 卒論は富沢の里山活動を取り上げたのですよね
 「はい、環境理工学部の環境経済学科を選択して、”建部の里山における地域活性化”というテーマで論文をまとめました。
 当初、里山で活動する人たちから後継者がいないと言われて、週1回の活動だし、こんなに楽しいのに何だろうって考えました。けど深く関わってみると、若い人の生活はその通りに動いていないことや、 年寄りが生きがいにしていても、却って他所の者が入りにくいことが見えてきました。でも研究論文として、活性化のヒントになることが何も提示できず、 建部の全体がわかったけど、もっと一つのもっと絞り込んだテーマを追及すべきだったと反省しています」

 やはり若い人にとっては、街中の暮らしに十分満足しているんだと思いますし、働き場所がそこにあるというのが大きいでしょう。 大学卒業後、安奈さんがコープに就職されたのは、どういう経緯ですか
 「そうなんですよね、私も農業をしたかったけど、農業経営学も学んだけど、農業をやるにしても自由にできないのがわかって・・・。 それで結局、何が好きかというと、人と接するのが好き、体を動かすのが好き。生協を選んだのは、大震災の時、一番に援助したこと、地域貢献しているのがいいなあって。 売るためではなく、自分たちのやりたいことを実現している企業だと思ったからです」

 3年経って、実際はどうですか
 「配達に行って、”いつもありがとうねー”とか”便利にしてるわよー”と言ってくださって、お客様の声がすぐに聞けるのが いい。動いて喜ばれる仕事ってあまりないと思います。でも、いつまでも現場にいられるわけではなくって、これからはマネジメントの立場に立たなくてはいけないのが、 今、ちょっと辛いです(笑)」


佐藤安奈 佐藤安奈  仕事以外に、いろんな活動をしていますね
 「下神目のおばあちゃん家で、”建部ほったらかし農園”というのをやってるんですが、これは、気ままに農業をやりたいのと、できるだけ自然を壊さないでということで。 去年、秋にはサツマイモ掘りをしたんですが、あまり実が成ってなくて、皆んな、がっかりです(笑)。
 後は”アスエコ”の環境学習指導者に登録していて、 めだかの学校の授業なんかに参加してます。いつか自分でプログラムを組みたいと思っています」

 いつも、どんな仲間の人たちと活動してますか 
 「”あこがれスタイル”というESD団体の仲間です。皆がやりたいことをやって、憧れられる人になると言う意味で、自分に自信がなくても、ありのままの自分を認め、そのためのコミュニティスキルを高めていくのが狙いです」

佐藤安奈  昨年7月の大水害では、御津の国ケ原の災害地でボランティアに出られましたね
 「おかやまコープでも呼びかけがあったのですが、明日と言われても、行きたいけど行けなくて。近いところで、御津国ケ原ネットを見て参加しました。 自分が何もしていないことを咎めていたので、少し気持ちが楽になりました」

 今後の活動の予定は?
 「タケノコ掘りです、今、一生懸命、下草刈りをしています、でも、もうイノシシが掘ってて、あと、10日間で山の草刈りも済ませなくては(笑)」

 がんばってください(笑)


 【記者感想】
 いつもノルディックスタイル、または自転車を押して、我家の前を下神目に向って歩いて行く。
 「不思議な女の子だなあ」が我ら夫婦の印象。それが「里山建部」のイベントで見かけ、吉田の「れんげ祭り」では威勢よく杵を振り下ろして餅つき。 メダカの学校の催事では、アスエコの指導員と一緒に生きもの調査。
 「何者なんだろう?」
 答えは身近な所から。当新聞、勝部編集長が「うん、吉田に住む安奈ちゃん、昔から自然大好きで、今、卒論で里山をテーマに書いてるよ」
 なーんだ、不思議でも何でもない、我家の前で見かけるのは、下神目のおばあちゃん家に行くため。
 「自転車で45分、おばあちゃん家まで行くのが私のスポーツですよ(笑)」

佐藤安奈  他にも、吉田の秋祭りには神楽の主力の舞手とか。
 7月の水害における国ケ原の農場復旧作業では、強烈な猛暑の中、水に浸かった肥料を懸命にスコップで除去する姿が見られた。
 「細っこいのに、タフだなあー」ここでも、そのバイタリティに驚かされた。
 体を動かすのが好きで、奥深い田舎で暮らすを夢見る、常に「なんでだろう?」と疑問を抱いては立ち止まる。やはり永遠に未知数、”不思議な女の子”である。

(三宅 優)





 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。

 クリスマスシーズン到来。今や若い女性に大人気のクリスマスキャンドル、地元「めだかの学校」を拠点にキャンドル教室を開催、好評を博している勝部 志乃さんにご登場願った。

 (取材・写真 三宅 優 三宅美恵子)

(プロフィール)

勝部志乃  勝部 志乃(しの)
  昭和51年、千葉県で生まれる
  父(勝部公平)の転勤で保育園から建部町に。
  岡山工業高校を卒業後、大阪デザイナー専門学校へ。
  卒業後、大阪でデザイナー関係の仕事に従事。
  10年間の大阪暮らしを経て建部に戻る。
  その後、キャンドルに魅了され、めだかの学校を
  中心に「キャンドル作り」講座を開く。
  現在、印刷会社に勤務。富沢在住。

      


勝部志乃 (聞き手・三宅 優)建部に来られてから建小、建中ですね。部活は何ですか?

 「小学校はバレーで、中学はバスケ部でした。体を動かすのが得意で、勉強以外のカテゴリーが好きだった分けです(笑)」


 でも、高校はデザイン系に行かれたわけですよねえ、創作することに興味があった?

 「この間、建部のタイムカプセルが掘り起こされた時、私の作文が出てきたんですが、マンガ家かデザイナーになりたいと書いてありました。 自分でも、そうだったんだと驚きました(笑)、でも美術が好きだったのは確かですね」


勝部志乃

 で、卒業後、大阪に出て専門学校へ行かれた、専攻は何ですか

 「広告デザインです、ポスターとかカタログ、チラシと言った媒体を取り扱う分野です。ちょうどその頃、マック(Muc)が出はじめで、 手作業からパソコン処理に切り替えていく頃だったんですね、授業の合間をぬって一生懸命覚えていきました(笑)」


 その後、ずっと大阪で仕事に就かれたわけですね

 「ええ、私の卒業時は就職が超氷河期だったので、デザイン事務所に勤めても転々とすることが多かったです。 毎日、夜遅くて、そのうち妹と二人で暮らすことになりました」

勝部志乃

 こちらには、10年ほど前に戻られて、市内の印刷会社にデザイナーとして勤務され、その間、キャンドルと出会ったわけですね

 「7~8年前、倉敷に観光で行ってIBスクエアにあるキャンドル教室を知ったのがきっかけです。それから、教室に通って夢中になりました」


 どんなところに、魅かれましたか

 「そうですね、キャンドルベースから自分の好きな形ができて、飾りでも自分の表現ができるところですね。友だち同士で作って、共通の友だちに見せると、個性の違いが出て誰の作品だかすぐにわかってしまうんです」

勝部志乃

 子どもから大人まで幅広く指導されてますが、どんな時にやりがいを感じますか

 「やっている時の集中した表情、自分にない発想に出会うのも楽しい。完成したときに、そっと見せてくれて、オッと驚かされるのも。 毎年、来てくれる人もいて、来るたびに進化している、そんなことが、やりがいにつながってますね」



勝部志乃

 キャンドル以外にも、地元を中心に色々活動をされていますね、ジビエ研究所にも

 「元々、イベント自体が好きなこともあるのですが、里山でピザを焼いたり、よくあっちこっち、父について行って、売り子をしたりしてきたので、気が付いたらここまで来ていた(笑)。ジビエ研究所は平所員として、料理を作る方でお手伝いしています。料理は好きなので、市内の公民館で月1回、いろんな国の人が来て作る料理講座にも通っています」


 これからのことについて、何かお考えですか

 「一個、一個、楽しんでやって行ければいいなあと思います。甥っ子と姪っ子の相手をしている時が楽しいですね(笑)」


 ありがとうございました

めだかの学校「キャンドル体験教室」12月9日(日)午前・午後の部


勝部志乃  【記者感想】
 言わずと知れた、お父さんは当新聞の編集長、勝部 公平。その長女でいられる志乃さん、8年前「リバーサイドバザール」を始めた頃からのお付き合いなのに、 何にも知らないまま、今日まで。12月のクリスマスを間近にすると顔が浮かぶ。いつもニコニコ顔でイベントやメダカの授業に出てくれていた。
 その志乃さん、キャンドル作品を見るまでは、これほど繊細な感性の持ち主とは気づかなかった。そこで、あらためて話を聞くことに。
 感想は、やはり創ることに喜びを見出せる芸術肌、一生をやりたいことで過ごせる性格の人。父上が何にも心配していない?のがよくわかった(笑)。 (三宅 優)





 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。

 岡山県でキュウリの生産出荷額20%を担う建部地域、そんな建部でキュウリのハウス栽培にチャレンジしている河端陽一さん。
 若者の都会流出が加速する中、地方に戻り農業を志した意味をお聞きしました。

 (取材・写真 勝部 公平)

河端陽一 (プロフィール)

 河端 陽一(よういち)
  昭和60年、建部町市場に生まれる(33歳)
  高校卒業後、奈良県の大学に入学し、その後
  企業に勤務。
  3年前、父親が農業をスタートするのに併せ、
  建部に戻り、就農。JA岡山建部胡瓜部会所属
  現在、奥様と二人家族。

      


河端陽一  (聞き手・勝部 公平)大学を卒業後、30歳までサラリーマンだったのですが、どうして戻られたのですか

 「はい、勤めていた時は、仕事も順調で、野球が好きなものですから、休日は仲間と草野球などをしながら楽しんでおりました。 しかし、父が自動車修理の自営業から農業に転身するというので、長男でもあるし、自分も独立してやってみたいという気持ちも起きて、一緒にやることを決断しました」

 現在、どれくらいの規模で営んでいるのですか

 「3年前、ビニールハウス1棟でスタートしたのですが、昨年に1棟、今年になって更に1棟、建てました。 キュウリの苗の植え付けで言うと、年間約900本から1000本です」

 ハウス野菜では、温度管理が大変でしょう?

河端陽一  昨年から、寒中の2月植え付けの苗を加温無しでできないものかと、ハウスのビニールを二重にしました。その上に、もう一重、苗にカバーをして成育させています。キュウリは10℃以下では育たないので、このようにすることで15℃前後までは保つことができました。 気温・湿度の管理など一時も手抜きはできませんが、毎日の管理が基本とがんばってやっています。

 先ほど、キュウリの出荷額が建部で20%を占めると聞き、驚きました

 「ええ、実は、隣りの久米南町が県内出荷額の60%を占めていて、建部と合わせると県内の80%ぐらいがこの地域で生産されているのです」

河端陽一  短期間で、このように生産が伸びたのは、なぜですか

 一つは、赤磐の方に非常にお世話になっている先生がおりまして、毎月のように通って、先生のハウスを見学しながら指導をうけております。 もう一つは、同じ世代の仲間と交流していることも自分の励みになっています。同じ市場の石井さん、川口の佐藤さんなどです」

 最後に、今、抱いている夢は

 「岡山だけでなく、全国に通用するキュウリを目指したいです。関東では、昔からの白い粉のついたような皮のやわらかい「ブルームキュウリ」の生産を大規模に やっている人もおり、これから努力を積み重ねて、近づきたいですね」

  ありがとうございました


 【記者の目】
 よく「ここは若者がいない」とか「若者は何をやっているのかわからない」といった声を町内で聞きますが、 ドッコイ、地にしっかりと足をつけながら、頑張っている若者もあちこちにいるのに感心させられました。
(勝部 公平)






 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。

 昨年に建部中学で行われた中2の生徒らと地元の大人、そして町外からの大学生を交えて、これからの夢や希望について語り合う”だっぴ”という授業。その後の展開については度々、伝えてきた。今回の「たけべ人」は、主催者であるNPO法人~だっぴ~で、中心的メンバーとして活躍する小野田春花さんに登場願った。

 (取材・写真 三宅優 写真・今田龍希)

おのはる (プロフィール)

 小野田 春花(はるか)
  平成7年、岡山市に生まれる(23歳)
  岡山赤十字看護専門学校を卒業後、
  看護師として勤務。社会人3年生。
  昨年はアフリカ、ブルキナファソを視察。
  幅広い視野に立った活動を目指す。
  ユニセフスタッフ、だっぴメンバー
  しゃぼんだま部 部長。
  大の建部ファンでもある。
      


先月、公民館で開かれた「たけべ部」部会については、当新聞にてレポートをしたが、当日、ゲストの小野田春花(おのはる)さんが中学生に語った話を先に紹介させていただく。

小野田春花  (おのはる)「はじめに、”私としごと”について話します。
 私は看護師の仕事をしています。それで、お金を稼いでいるわけです。でもそれが、私のすべてではないって、いつも自分に言い聞かせていました。それで思ったんです。
 ”仕事”って”仕えること”って書くでしょう?だから、辛いんじゃないかって。で、”仕事”を”私事(わたくしごと)”って当てたら、パッて、ひらけたんです。
 私は一つの役割が看護師であって、他にもユニセフスタッフだったり、 シャボンダマ部、部長(笑)でもあって、たけべファンでもある。これらすべての役割が自分の”しごと”なんだって。
 だから、いつか仕事についた時、”わたくしごと”って書いてみて?きっと楽になるよー」

 「”私と幸せ”について。”幸せ”って、皆、どんな時が幸せ? 
 私も”幸せって何だろうって、ずっと考えたことがあって。でもいつの頃からか、 小さな幸せを積み上げて、”幸せ”ってなるんじゃないかって。外国とかに行って、そこが自分に近くなると、”幸せー”、自分が一人じゃないと 感じた時なんか”幸せ”って。
 そうやって、考えてみると、私にとっての”幸せ”って、”つながり”が、私を幸せにしているんだなあって、思います」

小野田春花  「”私とたけべ”では、昨年、アフリカのブルキナファソって国に看護師として行ったんです。そこで、海外に行っても、やることは地域のことであって 結局、どこでも、地域でのつながりが大事だと分かりました。そこから帰って、たけべと出会っあたんです。
 建中の”だっぴ”の授業に参加して、みんな、仲が良くって、地域の人も、”ここに住んでるぞー”と思ってるんだなって分って、たけべファンになりました。
 それからは、お母さんとかと温泉に来たり、近くのお店とかに食べに行ったりして、益々、たけべとのつながりが強くなっています(笑)」

この後、おのはるさんの問いかけから、思わぬ展開に!!!次にそれを紹介

 (おのはる)「ねえ、みんなが今、たけべでやりたいこと、こんなのがあったらいいのにとかって、ない?」

 (生徒)「うーん・・・私、たけべにプリ機があったら、いいと思う!(大人たちΣ(゚Д゚))だって、たけべってなんにも、 楽しいモノってないじゃん、プリ機があったら、友だちなんかと皆で、喜んで行くと思う」

 (おのはる)「ヒェー、それって、超、面白い!では、それが実現するためには、どうしたらいいかを皆で考えるってどうかな?」

 (生徒たち)「いいよー」

小野田春花  こうして始まった、プリ機設置計画、その進展はこれから随時報告するとして、おのはるさんにあらためて質問。

 「いくつかお聞きしたいのですが、まず”だっぴ”で中学生と関わろうと思ったのは、どんなことからですか」

 「自分のことで考えると、中学生の頃って、つまらないことで悩んでいることってあるじゃないですか。進路一つとっても、狭い範囲でしか考えられなくて、 自分は何もできないんじゃないかとか。
 でも、高校、大学とかになると、考えが拡がって、そんなことどうでもよかったんだって思えるんです。
 だから中学生のあの時に、それがわかっていたらどんなに楽だったろう。それで大人とか、色んな人と話す機会を与えてあげられたらなーって」

 「おのはるさんが、看護師になろうとしたのは何がきっかけ?」

 「小2の時、弟が生まれて、その立ち合い出産をしたんです。すごいなあーと感動して、この職業を受け継ぎたいなーって思って、その時からです」

小野田春花  「アフリカに行かれて、地域のつながりを再認識したと言われましたが、その辺をもう少し、教えてください」

 「私、もともと国際医療に興味を持っていたのですが、今回、ブルキナファソに行って、どこであれ、やることは同じだと分かりました。
 たとえば、トイレを置きましょうと言って、でも国の中にトイレがないわけで、必要と思ってないわけです。だから、地域の中で、衛生についてや子どもの病気の原因となることなどを、分ってもらうことから始めるわけです。
 これって結局、人と人とが理解し合うことで、それは、どこへ行っても、やるべきことは同じ、たけべでもそうなんだと思いました」

   「これから建部と、どのような関りを持ちたいですか」

 「そもそも、”だっぴ”に参加してた、生徒と大人の人たちの姿がいいなあーっていうのが始まりで、 今後のたけべについて考えるのも、一緒に考えたいなって思ったんです。
 そしたら今回、たけべ部のゲストで呼ばれて、 大人として、どこまでやれるかわからないけど、でも、やってみたいなぁって思っています」

 「ありがとうございました」

小野田春花  (記者感想)
 プリ機が欲しいと言われた時は、さすがに記者も???、別な大人だったら、何をバカげたことをと一笑しただろう。
  しかし、おのはるさんたちの反応は違った。
 えっ、面白い!と興味津々で、次に、それはでも、なぜ?って聞く。それから、生徒たちの”プリ機”の奥にひそむ思いを、少しづつ引き出して行く。
 記者も、その先にある「たけべをもっと、魅力的にしたいから」という願いが伝わった時、思わず「うまいなぁー」と感心せざるを得なかった。




 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。
 今や日本の被害額は200億円を超えるとも。中山間地域における最大の悩み、鳥獣被害。
建部はまさにその最前線。この課題をチャンスに変えられないか。
取組みを始めたばかりの、鴨井智士さんにお聞きしました。
(メンバーの今田龍起さんにも、お越し頂きました)


鴨井 (プロフィール)
 鴨井 智士(さとし)
  昭和53年、岡山市に生まれる(39歳)
  大阪、青森で生活後、家族でフィジーに移住。
  数年前、帰国し、富沢の実家で家族5人と暮す。
  英語総合コンサルタント。「たけべジビエ研究所」所長

 今田 龍希(たつき)
  岡山市地域おこし協力隊 隊員(←詳しくは
 


(聞き手 三宅優)「たけべジビエ研究所」を設立された経緯についてお聞かせください

鴨井智士  (鴨井)「去年、猟をしてて、ただ獲るだけでなく、これを地域の資源として活かす方法がないかなあと考えたんです。 それでまず、肉として販売するにはどうしたらいいんだろうと調べましたら、処理場が必要とわかりました。 これには相当、費用が掛かるし、どうしようかなあと思ってましたら、岡山市で地域を活性化する補助金制度があることがわかり、 それを利用して施設を作れないかと考えました」

  なるほど、それってどれ位、補助されるんですか

 「最大で5分の4まで出るんですが、それで綿密に事業計画を組んでみたんですが、そうしたら、いくつか課題が出てきたんです。 まず一番は、猟期が短いという点です。11月中旬から3月の中半までの4か月しかなくて、猟をする人も少ない。それに合わせた施設の稼働と活動の為のランニングコストが掛かり過ぎるし、 我々の経験も少ない。順調に行っても、7年後・・・」

鴨井智士   よその地域で取り組んでる例は、ないんですか?

 (今田)「新見市や吉備中央町で行政が中心となって事業にして、商品化までやっています。建部では黒瀬農園さんと河本さんが、処理場を持ってやっておられます」

  そうですね、建部の至る所で作物を荒らされて困ってるわけだから、 これを皆で取り組んで、プラスの解決策に導ければ最高ですよね

 (鴨井)「そうなんです、で、そのために、やはり、いきなりではなく、ハードルを下げることにしました。当面は処理場に向けてのマンパワーを高めつつ、 団体としての会員を増やすことに重点を置こうと。そのための、活動資金として、単年度の補助金申請をすることにしました」

鴨井智士   会員の条件とかありますか

 「建部の地域に関らず、狩猟体験をしてみたい方やジビエ料理を習いたい方。地域内では、 獣害に困っていて自分の土地にワナを設置して欲しい方やしてもいいと言う方です。中でも、猟を一緒にして、仕掛けから解体まで手伝ってくれる方は大歓迎です。 ワナ猟の免許取得を考えてる人も、あと、イベントとかで活動してくれる人もうれしいですね」

  先日の花火大会では、さっそく、”シシニクホットドッグ”の屋台を出されてましたね  

 (今田)「ええ、試作3回目のレシピです。シシ肉を黒瀬さんから購入し、市内の"グルマン ソノワ"さんに監修をお願いしました。 かなり完成度が高いと思います(笑)」
鴨井智士
  これからの活動とか教えてください

 (鴨井)「9月に公民館講座でソーセージ作り教室、あと、たけべマルシェ出店、11月には狩猟体験会、レザークラフト教室なんかも、できたらなと考えています。当面、ジビエを普及することと、猟をやりたい人をこっちに引き込むことに軸足を置く活動をするつもりです。 猟の方では、今年は二人で20頭位獲りたいですね」

鴨井智士   ところで最後に、お二人が猟に興味を持たれたのは、そもそも何がきっかけ?

 (鴨井)「漫画の”山賊ダイアリー”を読んでからです(笑)面白そうだなあーって、そしたら岡山に来て、隣の重本さんが猟をやってて、 教わって、県の罠講習を受けたのが始まりです」

 (今田)「僕は前から狩猟をやってみたいと思っていて、里山(建部里山)で鴨井さんと活動するようになって、はまりました(笑)」

  ありがとうございました

 会員募集案内(PDF)

 たけべジビエ研究所←Facebook


 (記者感想)
鴨井智士  取材開始、いきなり鴨井さんが取り出した電子部品。
「これ、何だかわかりますか?」「??」
「これ、イノシシ罠に掛けておくと、掛かると知らせてくる装置なんです」
 話し終わるとすぐに、スマホに「ワナにかかったようです」とのメールが。
 自作の「捕獲お知らせ装置」
 聞くと、ご本人、文系(英語教師)と思いきや、理系(IT)が専門。
 それで納得がいった、何をするにせよ、物事を科学的に合理的に
とらえ、その上で前に進む。補助金ありきで「じゃあ何をするか」と
考えあぐねる、どこかの例(あくまで想像)とは一線を画す。
 これに、調理師(今田さん)が加わったとなれば、 何やら・・・。

(取材・三宅優 写真・三宅美恵子)






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