建部の最新ニュース

  2026年1月

   ■「新たけべの彩時季」

1月の彩時季

(左上から右へ)
1日発信 たけべ新聞10周年 *新雪 *里のとんど
23日発信 建部小6年生建部古道23日発信 法寿山頂上23日発信 阿弥陀様
*子ヤギ誕生 *石の唐獅子 *新年読書会



  新年、建部小学生「たけべ古道」を行く!✨✨

 2026年1月23日発信


たけべ古道を行く

法寿山頂上に上る

正月明けの1月21日建部小学校6年生26名が建部学習として「たけべ古道」を歩き、故郷の歴史、文化、生活などを学びました。
小学校を8:00出発、妙浄寺から、落葉やクッションの効いた土の山道歩き、まもなく最初の32号古墳と出会う。
この古墳は「何年ぐらいにつくられたの?」「石の名前は?」「どのようにして運んだの?」などの質問、予習成果で活発な質問や意見続出、 ガイドの面々も満足しながら説明、大きなため池に到着、
ここでも多くの質問「この池は何のために作ったの?」「古代人の食べ物は?」などなど。


たけべ古道を行く

古墳群の大岩に立つ

たけべ古道を行く

14号古墳に入る


15号、14号古墳では、石窟の中に入り1300年前へタイムスリップ、小学校の思い出づくり、山頂へ向かってゴー、 山頂の三角点で記念写真と質問タイム。

たけべ古道を行く

法寿山頂上で本田さんが説明


穏やかな日和でのひと時、下りは左側にチラリと旭川を垣間見ながら、大岩の阿弥陀様まで一直線、 眼下の美作と備前の国境、旭川、建部平野などの歴史や生活の学習、記念写真をパチリ
下山を続け、毎年秋に「建部祭り」が行われるゴールの七社八幡宮に到着
実りある建部学習、故郷の総合学習にふさわしい古道ウォークでしたよー‼


たけべ古道を行く

旭川が見えてきた

たけべ古道を行く

阿弥陀様の前で江田さんのお話を聞く

たけべ古道を行く

対岸をバックに記念写真く


 (レポート・写真 勝部公平 写真 本田義章)







 「たけべ新聞」10年目を振り返る✨✨

 2026年1月1日発信


たけべ新聞10周年

「たけべ新聞」10周年対談

当新聞新聞発刊から10年、区切りとなるこの年、当新聞編集長と副編集長が振り返りました。


(三宅)「今から10年前にこの新聞を立ち上げたわけですが、編集長のご感想は?」

(勝部)「只々、この間、あっという間だったと言う思いが強いのですが、じっくり考えてみれば、この新聞は自分を育ててくれたと思います。
 何もしないで老年を向かえることだってあったろうに、新聞にたずさわることで人と深く関わり、知ることの多さに自分の未熟さを恥じることにもつながりました。
 また特集の中ではただ単なる出来事ではなく、地域の抱える課題や福祉の現状など踏み込んだ発信ができたのではないかと思います」
(三宅)「その点につきましては私も取材活動から学ぶことの多い10年だったと感じています。と言うのも私はこの当時、移住してからさほどの時間経過もない時で この地域にさほどの関心もなかったわけですが、編集長の「インターネットでこの地を盛り上げよう!」の誘いでこれを始めたわけです。
 そうして活動を行っていくと否が応でもこの建部が抱える課題や地元民が見過ごしている美点に気づかされて来ました」


 

 この10年でやれたこと


(三宅)「具体的にこの10年で”やれたこと”ってどんなことがありますか ?」
 (勝部)「やはり市井というか、ここに住む人たちの普段の暮らし、表に出て来ないここまでの歴史をわずかならずとも取り上げてこれたことでしょうか」
 (三宅)「それは発刊当初から編集長が望んでこられたテーマですが、特に印象が残るものは何ですか?」
 (勝部)「今はすでにこの世にはおられない方々ですが、古元さんなど、あの終戦を生き延びてきた貴重な言葉を聞き書き留めて来れたことが、 何よりよかったと思います」
 (三宅)「そうですね、あの当時の取材の中でもひときわ重みのある、残すに足る記録ではなかったかと思います」
 (三宅)「で、私的にこの10年、新聞で何がやれたかと言うと、勝部さんの人と歴史に焦点を当てるのとは違い、、ここ建部でこの10年、町の暮らしの中でどんな面白いことや楽しい話題があったか、例えば「めだかの学校」サマースクールの行事や「たけべマルシェ」と言ったイベントを毎年、知らせて来れたことかなと思います」


 この10年でやり残すしたこと


(三宅)「やれなかったことについてはどうですか?」
 (勝部)「それは当初”宣言”にも謳ったことですが、周辺の幅広い地域まで巻き込んだ情報発信において、 なかなかそこまで至らなかったこと。それと、先ほどにも上げている戦後を支えた世代の十分な書き残しができていない点ですかね。
 例えて言えばここ福渡でも鉄道駅ができ、ダムができて大変な隆盛を向かえる時代があった、そんな渦中をどう受け止めているか聞いておきたい」
 (三宅)「各地域での情報発信の状況ではこの10年で大きく環境変化があったと思います。SNSの発展で誰もが個人、地域を発信できる、 そんな中である意味、当新聞の目指す役割は無くなっているのではないでしょうか。
 また、高齢となった戦後を生き延びた方たちの証言を聞き残すのも時間の戦いを感じます、いずれにしても我々が危うい年代なのですから(笑)」


これからのこと、抱負?


(三宅)「これからを語る”私ら”があるのかどうか不安ですが、今の時点でどう思われていますか」
 (勝部)「まあ私もここで80歳、余力が続くようであれば、地域の風土、歴史そして戦後の人らを忘れ去られる前に 書き残したい、それが最後の目標です」
(三宅)「私はここまで新聞を続けて来れたことにとりあえずホッとしていますので、これからを考えると  ”えっ、まだ、たけべ新聞ってあるの?”と言われるほどの”晴れ・・・時々、たけべ新聞”を目指したいです(笑)」

たけべ新聞10周年

「たけべ新聞」10周年対談


 (レポート・三宅 優)







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