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この災害を考える
  

緊急特集:振り返り「7月7日未明の大水害」

 未曽有の災害に建部で、どうあったのかを検証  2018年8月発信

この大水害が示したのは、自然を前にしての人間の小ささ。そして、災害に対する無防備さ。もはや、岡山は安全でも安心でもなかった、その神話こそが敵であった。
7月6日・7日を中心に建部地域でどのような、対応がなされたのかまとめた。


 7月5日15:45最初の避難勧告

 7月5日15:39 岡山市は災害対策本部を立ち上げる。
     15:45 建部学区(1422世帯 3151人)に土砂災害危険度レベル3の避難勧告。
           避難先の建部小学校、夜8時時点では13世帯、29名が避難。

 7月6日18:55 福渡学区(858世帯 1759人)に避難勧告
           避難先の福渡小学校、夜7時時点では10家族30名ほどが避難。

     22:45 一部を除く岡山市全域に避難指示。 


 各地域の対応

この災害を考える  「建部地区」避難先 建部小学校体育館 富沢集会所
  6日の避難指示後、避難者数300名
  旭川ダム放流2.5t秒から3tの予定と放送
  自治会長の判断で富沢公民館を開放
  小学校校長の了解を得て、教室3階を開放
  避難物資:アルファカ米・クラッカー・水・毛布
       コーヒー・お茶
  援護者 市職員3名 地域おこし協力隊2名 他母親たち
  避難所に情報板を2枚設置する
  地区内を町内会で夜、巡回する(富沢)

 「福渡地区」避難先 福渡小学校 福渡コミュニティ 川口公会堂
  午後4時 福渡小学校 避難者数30名
  避難物資:防災道具一式 アルミマット 毛布 体育マット
       炊き出しおにぎり(町内会)
  援護者:市職員2名 小坂田建設さん
この災害を考える   午後6時 福渡町内は「福渡コミュニティ」を開放 避難者数30名
  避難物資:お茶(ペットボトル)・座布団100枚・花ござ 
       パン・お菓子(差し入れ)
  援護者:町内会役員(窪藪・松尾)2名
  午後4時 川口町内会は川口公会堂を開放 避難者数50名
  避難物資:毛布・水・非常食
       翌午前、炊き出しおにぎり(町内愛育委員 栄養委員)
  援護者: 消防団25名 町内会役員(藤原、他)

この災害を考える  「竹枝地区」避難先 竹枝保育園 吉田改善センター 蓮光寺 グレート岡山ゴルフ場
  6日午後11時 避難者数 竹枝保育園 数名 改善センター 満杯 〜50名
  蓮光寺 20人程度 ゴルフ場 20〜30台の車避難
  避難物資: 各自対応
  援護者: 町内会役員 消防団 10数名
 (土師方) 竹枝保育園に避難 数家族。
  ほとんどは自宅にて待機
  避難物資:翌早朝、停電による緊急炊き出し、全世帯
援護者: 町内会役員 町内会婦人部 

 

 各地区の被害状況

この災害を考える  「建部地区」
 (建部上地区)建部上の山根、今福での土砂災害。
 深夜1時過ぎ、裏から音がしてあっという間に土石流が車を押し流した、尾根からの鉄砲水が 数百メートルに渡り、民家の車庫(車3台)、道路、下の住宅、田畑に土砂が流入。
 道路は行政により復旧。民家、田畑は町内会を中心にボランティアのべ100名以上で回復。
 (宮地) 一部の田畑に浸水
 (市場) 道路浸水
 (西原) 17ヘクタール浸水 床下3軒
 (中田) 田んぼの畔が見えなくなった

この災害を考える  「福渡地区」
 (川口) 高浜の下、53号線が冠水、一時、通行止め
 (福渡) しあわせ橋の流出 河川敷が冠水、大量の漂流物が残る

 「竹枝地区」
 (土師方)田畑の冠水 一時、停電
 (小倉) 床下2 床上2 道路陥没 農地が冠水


 各地区の振り返り

 「建部学区」
 (避難所において)
 *援護者数の不足 (市職員3+協力隊2)
 *校庭での交通誘導者が入口1名で奥にも必要だった
 *コーン、反射棒が必要だった
 *体育館での手伝いは、母親チームの自主的なサポートがあって成り立った
 *避難指示(夜10時)から一気に集まって来た、もっと早い避難が求められる
 *在宅の老人、障害者の家庭は暗くならないうちに避難決断・行動
   *校長の権限で3階教室が使えることができた(市職員に権限ナシ)
 *地区長の判断で富沢集会所が開かれた
 *ホワイトボードの災害情報、連絡情報が役立った
 *コーヒー、お茶の提供が喜ばれた
 *市職員、教頭、協力隊員が、がんばった
   (建部上、災害対応)
   *住民の居場所が避難先2箇所と自宅に残る人に分れたので、安否確認が難しかった
 *高齢者の方の移動は昼と夜では様子も違うし、大変なことがわかった
 *包括支援センターから大丈夫ですか?と連絡が来たが、町内会長は他のことを一手に
  やらないといけなかったので(要配慮者の方達の)対応が難しかった
 *ボランティアがたくさん来てくれたが、グループ分けや作業の指示役が足りないのを感じた
 (上記は、大塚愛県会議員による町内会長への聞き取りから、転載)
 *朝起きたら裏庭や道路に土砂があった、全然気づかなかった
 *裏山の水の色が変わり、泥水が流れて土砂崩れが予測された
 *ボランティアの呼びかけにSNSを観て参加した人がいた
 *西原、排水ポンプの設置が必要

 「福渡学区」
 (川口地区避難所において)
   *福渡小学校は避難者が少なかった
 *以前から浸かる可能性が高い小学校ではなく川口公会堂の誘導が決められていた
 *町内会役員が原島・寺下を中心に1軒づつ呼びかけた
 *消防団が組織的に動き、老人を背負って避難する場面もあった
 *町内会婦人部(愛育 栄養委員)による炊き出しが喜ばれた
 *自主防災会を5年前から継続し、日頃の訓練、役割分担が功を奏した

 (福渡町内避難所において)
 *福小までの道が遠く、冠水し通行止めで利用できなかった
 *公民館を開けられないか役所に聞いたが駄目だったので、コミュニティを急遽、開けることにした
 *浸かる所(下町1・2・3)に全員電話、つながらなかったり要領を得ず、苦労した
 *対応にあたったのが町内会役員2名しかおらず、手一杯となった
 *暗くなって来る人もいて、それからの世話で混乱を増す結果となった
 *いくら言っても来ない人がいて、そのために回りが振り回されてしまった
 *土砂災害と水害で避難場所が異なるので、どこへ逃げればいいか迷う人がいた
 *町内の消防に所属する人がダムの放出量を随時、教えてくれて判断に有効だった
 *避難者が菓子やパンを持参し分けあっていたのがよかった
 (被害後の対応)
  旭川から流れ着いた膨大なゴミを町内会のわずかな人員で処理するしかなかった  

 「竹枝学区」
 (吉田地区避難所に於いて)
 *当初、改善センターが開かれたがすぐに満杯となった(定員30名?)
 *竹枝保育園、蓮光寺、ゴルフ場とそれぞれに自主的な判断になった
 *ゴルフ場は車の中で過ごしたので不便だし不安だった
 (土師方において)
 *すべて自宅で待機したが午前4時30分ころ停電になった
 *町内会役員で相談の上、全戸に炊き出しをすることになった
 *朝には停電は直ったが、一軒づつおにぎりを配り、安否確認ができた

 やるべきこと

この災害を考える この災害を考える  @今回の対応で起きた問題点を地域住民で洗い出し、対応策を立てる
(それを怠ると次はもっと深刻な被害となる)

 A地域ごとに、実際に災害に遭った場合の復旧組織を組み立てる
(そのために、地域から復旧ボランティアを出し指導者としての経験を積ませる)

 B災害のあった地域へ積極的支援、それが、次に建部で起きた時に戻る


(取材 勝部公平 三宅優 写真提供 岡山市地域おこし協力隊・今田龍起)
*この取材は地区長、地域住民、消防関係者、行政、ボランティア等に聞いた内容をまとめた







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