*これまでのあらすじ*
建部中学1年生の建部鮎太、小学5年生の妹さくら、同級生の河本温人の3人はふとしたことから江戸時代初期にタイムスリップする。
彼らを見つけ介抱した日蓮宗不受不施派の僧侶、日船は通りかかった石仏泥棒の富蔵の力を借り、福渡村の江田家に匿う。途方に暮れる3人であったが、次の日、日船に呼ばれ、そこで同じ年頃の若い娘たちと僧侶に出会う。数百年先の建部の様子を聞き、驚き喜ぶ
僧侶と娘たち。鮎太はその夜、温人から彼らを待ち受ける悲しい運命を知らされる。鮎太の中で何かが大きく芽生え始める。
自分が幕府から追われる身である日船は子どもが巻き込まれることを案じ、3人を別の場所に移さねばと考える。富蔵を案内役に3人は初めての目にする江戸時代の福渡に出て
津山街道を北へと向かった。
*主な登場人物*
建部 鮎太(あゆた)
建部中学1年生の少年
建部さくら
鮎太の妹、小学5年生
河本温人
鮎太の同級生
建部 鮎一郎
鮎太の父、岡山の大学教授
建部 すみれ
鮎太の母
建部 鮎男
鮎太の祖父だが亡くなっている
建部 桃江
鮎太の祖母
日船上人
不受不施を説く日蓮宗の高僧
腰折れ富蔵
富沢地蔵の盗人だが優しい男
鶴田 楓
鶴田城の姫君
竹内老翁
竹内流武術の開眼者
池田 清尚
建部領主、池田長泰の嫡男
塩谷十兵衛
中田新町の塩問屋の息子
―― 4 ――
その姿を最初に目の当たりにしたときの驚き、それはたぶん一生忘れない。
まっ白くなって地面にくっつきそうな髪と髭。柳のように細い身体に柔道着のような分厚い服と袴。それを荒縄でしばっている。
「なにか、お尋ねかの?」と振り向いた眼の、矢を射るような鋭さ。鍬を抱える腕はそれを支えにしているのではなく、すぐにでも振りかざせるという気配。
都市は百歳をゆうに超えているとしか思えない。
富蔵さんから渡された日船上人からの手紙を読み終えると、老人はギロッと僕らを見て、それから、「おもしろいものよ、生きておると。さっ、入りなさい」
と言った。
家は外からは小さく見えたけど、中に入ると天井が高く案外、広かった。土間には藁やムシロ、薪といったものが積まれ、大きな水がめ、桶、鉄鍋なども置いてあった。
部屋に上がると囲炉裏があり、奥はガランとして何もない板の間だった。ただ正面に神棚があり、壁には長い棒や木刀が何本も掛けてあった。どれも黒々と磨かれていた。
「ここを使いなさい」
そういうと、老人は何ごともなかったかのように外に出ていき、また鍬の音をさせ始めた。富蔵さんも僕らも、取りあえず居させてもらえそうなので安心して互いの顔を
見合った。
その日は疲れて、夕食を取る元気もなくそのまま寝入ってしまった。
翌朝、いい匂いで目が覚めた。富蔵さんが土間の方から「ご飯ができてますよ」と呼んでくれた。さくらも起きていて、タスキをして配膳を手伝っていた。老人の姿はなかった。
朝食をすませると、僕と温人は昨日から気になっていた、壁に掛けてある木刀に見入った。たぶん二人とも、今ごろ岡山の道場で剣道の練習をしている光景が思い浮んでいたんだろう。
そんな僕らに気づいたのか、いつのまにか老人が前へススッと来て、その一本を取ると「振ってみるか」と僕に渡した。恐るおそるそれを手にした僕は、いつものように正面に向かって
一礼すると、「エイッ」と一振りした。
「ふむ、少しは筋があるようじゃの。では、わしに打ち込んでみい」
老人は壁に掛けてあった短い棒をつかむと「さあ、どこからでもいい」と左手で棒を構えた。
えっ?と、僕はちゅうちょしたけど、上段から思い切って打ちおろした。カシッと受け止められる音がして
気がつくと、僕の木刀は床に吸い込まれるように手から落とされていた。二度やってみたけど同じだった。
次に温人に代わった。その時は、老人は棒も持たず素手のままだった。
「やっー」と打ち込んだ僕とは次の瞬間、ピタッと老人の両手に挟まったまま、温人が歯を食いしばって抜こうとしてもビクともしない。
そのうち、ぐいっと引かれ、温人は前のめりに倒されてしまった。
「ははは、少々手荒かったかのう、どうじゃ、習うてみるか?」
そう聞かれ、僕らは迷うことなく「はいっ」と答えた。
「但しじゃ、条件があるぞ。上人の文には、お前たちは海を渡った国々のことや、これから先々の史実に
長けておるそうな。どうじゃ、わしにそれを講じてくれぬか」
こうして僕らと不思議な老剣士との、教え教わる日々がはじまった。
ますます面白くなる?乞うご期待!
*この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。