*これまでのあらすじ*
建部中学1年生の建部鮎太、小学5年生の妹さくら、同級生の河本温人の3人はふとしたことから江戸時代初期にタイムスリップする。
彼らを見つけ介抱した日蓮宗不受不施派の僧侶、日船は通りかかった石仏泥棒の富蔵の力を借り、福渡村の江田家に匿う。
そこで鮎太たちは福田5人衆と呼ばれる若い信者たちと出会い勇気をもらう。
自分が幕府から追われる身である日船は子どもが巻き込まれることを案じ、富蔵を案内役に3人を別の場所に行かせる。
着いた所は鶴田藩、角石村。そこで土を耕す老人に道を尋ねたところ、その人こそ訪ね人だった。
この家に匿われることになりホッとした翌朝、鮎太と温人は部屋に掛けてある木刀に見入る。
老人からその木刀を渡され「どこからでもかかって来い」と言われた二人は向って行くが、あっけなく負かされる。
老人は手ほどきをする代わりに、史実を講じてくれと言い、
互いに教え教わる日々が始まる。
*主な登場人物*
建部 鮎太(あゆた)
建部中学1年生の少年
建部さくら
鮎太の妹、小学5年生
河本温人
鮎太の同級生
建部 鮎一郎
鮎太の父、岡山の大学教授
建部 すみれ
鮎太の母
建部 鮎男
鮎太の祖父だが亡くなっている
建部 桃江
鮎太の祖母
日船上人
不受不施を説く日蓮宗の高僧
腰折れ富蔵
富沢地蔵の盗人だが優しい男
鶴田 楓
鶴田城の姫君
竹内老翁
竹内流武術の開眼者
池田 清尚
建部領主、池田長泰の嫡男
塩谷十兵衛
中田新町の塩問屋の息子
―― 5 ――
温人によれば「もしその人だとすれば年は160歳。仮に二代目の久勝だとしたら歳は
近いけど、京都にいて門下生が何千人いるはず」
僕らの言ってるのは、今も建部町角石谷に道場のある竹内流古武道の創始者、竹内久盛のこと。
久盛は1500年代にこの場所に城を築いて戦った武将だった。でも負けてからは農民となり、
以後、敵を倒す武芸から人の心身を鍛える武芸へと新しい道を切り開いていった。
「そうでないとしたら、久盛に秘伝を授けたと言われている愛宕神の化身かも知れないね」
実際、近所のお百姓に尋ねても「武術の老先生」と言うだけで、だれも名前までは知らないようだ。
直接、先生に聞いてみたこともあるけど、その時は
「ハハハ、わしがどこのだれであろうと、もはや何の意味もなかろう。しょせん、わしは終わった人間。
それよりお前たちは若い、ゆえに年老いた者にわずらわされるより、今はおのれの中の誠を見つける
ことのみに励むことじゃ。それに、わしが知り得たことは史実を講じてもらう折りにでも話すことがあろう」
僕らの1日は、朝は暗いうちに起き、たぶん午前4時頃だと思うけど、支度を整えて畑に出かけ、
3時間ほど耕して一度戻り、お茶漬けとかを食べてまた畑へ。そうして昼前にはまた戻って来る。
剣術と捕手という武術の手ほどきを受ける。
午後は遠くの田んぼまで行くこともあれば、薪を集めに山に登ることもある。雨の日は
教わったことをくり返し、練習を重ねる。夕飯を終えてから歴史の問答に入る。先生が質問をされて
、それに二人が答えるかたちだけど、たいがいは温人が話す。長くても1時間くらい。僕も温人も
朝が早くてすぐ眠くなるから。
さくらと富蔵さんも互いに教わることがあって毎日忙しい。火の起こし方、かまどでご飯を炊く方法、
裁縫のしかたや洗い物のやり方。そのたびに富蔵さんはうれしそうに、
「さくらちゃん、それはね、こうするんだよ」と教えてくれている。
富蔵さんも「わしの名前の字はどう書くんだい」とか、「五に六をくわえると・・・いくつだっけ」と
、さくら相手に勉強をしている。
時折、近所のお百姓が味噌や豆、芋といったものを持って武術を習いに来る。そのときは庭にムシロを敷いてやる。
中には本物の武士がやって来て、一手、お手合わせ願いたいということもあるが、たいていは野良に忙しいのでと断っている。
それでも、どうしてもという侍もいて、その折には面倒くさそうに土間から鍋蓋を持ってきて、「では、これで
受けましょう」と言った。
相手は馬鹿にされたと思い、むきになって木刀を振り下ろすのだけど、見事、
木刀は鍋蓋に張り付いたまま地面に押さえつけられていた。
日が過ぎるにつれ、僕らもこの時代の生活に慣れてきた。
来た頃はシューズを履いていたけど、それが、わらじの方が
土道を歩きやすいとわかってからは、自分のわらじを富蔵さんに教わりながら、夜、寝る前に編むのが習慣になった。
「二足のわらじと言うて、半日ですり切れて帰りに困らぬよう、もう一足持っておくんだよ」
十月に入ると朝晩が冷え込んできた。これは昔も今も変わらない。夜、板の間にむしろを敷いて綿入れ一枚掛ける
だけでは寒くて眠れなくなった。囲炉裏の火がないと一層きびしい。まだ冬は来てないのに、今からこれじゃあどうしたらいいんだろう。
さくらも温人も夜は持っているだけの服を全部着こんで寝ている。粗末な別棟で火もなしに寝ている先生を思うと、
わがままは言えない。
そんな僕らのことを察したのか、ある日、富蔵さんが僕らの履かなくなったシューズを手にして、「これはもう御用はござりませんか
、もしそうでしたら頂戴できませんか」といって、どこやらへ持って行った。
帰ってきた時は、背中に山のように布団を背負っていた。
「分限者の家で、あの履物を見せましたところ、たいそう珍しがられまして、これなら数年は
長持ちするだろうと、綿入れ三枚、着物や足袋と換えてもらえました」
これで僕らの冬じたくの心配はなくなった。
さて如何なる展開が待ち受けているか?乞うご期待!
(次回へ続く)
*この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。