*これまでのあらすじ*
建部中学1年生の建部鮎太、妹さくら、同級生の河本温人はふとしたことから江戸時代初期にタイムスリップする。
そこで出会った僧侶、日船や石仏泥棒の富蔵、角石村の剣の達人、竹内老翁の力を借りながら、
彼らはしだいに自分たちの力で生きていくことに目覚めていく。
そんな中、鮎太は「姫こ渕」で美しい姫と出会う。一方、中田新町に薬を求めに行ったさくらは、侍の子らと揉め事になり、
解決策として鮎太たちは侍の子らと新年の武術披露会で試合をすることになる。同時に領主の嫡男、長尚の指導も任される。
試合は鮎太が勝ち、褒美として富蔵を腰折れ地蔵の守り人にしてもらう。試合の帰り、鮎太らは侍の子らの襲撃に合うが、
長尚の力で難を逃れる。鮎太は楓姫と会い、必ず現代にいっしょに戻ると誓う。その後、鮎太たちは池田藩の計らいで、
一ノ口用水路を見に行ったが、トンネルを出た温人の携帯にはメールが届いていた。
*主な登場人物*
建部 鮎太(あゆた)
建部中学1年生
建部さくら
鮎太の妹
河本温人
鮎太の同級生
腰折れ富蔵
富沢地蔵の盗人
鶴田 楓
鶴田城の姫君
竹内老翁
竹内流の開祖
池田 長尚
若き池田宗春
塩屋十兵衛
塩問屋の息子
僕と温人の結論はこうだ。
温人はあの一の口井堰を写真に残そうとケイタイのスイッチを入れた。そのときビビッと反応があってメールが届いた。
たぶん大田トンネルと同じように回りが覆われた空間に反応し易い電波か、それ以外の時間を超えた光と同じくらい速いニュートリノのような素粒子。
とにかく、僕らは誰かが僕らを探して救う手立てをしてくれている、お父さんかもしれない、いや日本政府かも。
僕と温人は話し合って、さくらには、ぎりぎりまで言わないことにした。期待させてその間にちがっていたりするとかえって悲しむだろうから。
この日、先生には伝えた。「ここをもしかして離れることになるかもしれません」
先生は「うむ、そうか」とだけ言って、あとは何もおっしゃらなかった。
本当にこれから僕らに前のような生活が戻って来て、そんな当たり前に帰ることがとてつもない変化と受け止められるその日がやってくるのだろうか。
僕ら三人の旅立つ日は決まっても、角石谷の日々はそれまでにも増して穏やかで、温かかった。さくらと十兵衛さんは相変わらず訪れる病人の介抱に忙しいし、家族を連れて帰った富蔵さんも、富沢の家ができるまで一緒に過ごすことになってずっとにぎやかになった。
そんな中、長尚さんのお父上が亡くなったことを小田様の使いの人が伝えてきた。
先生は質問をされることも少なくなり、ひたすら鍬を打ちおろし、田を耕すことでこれからのことを受け止めようとされている。
僕はそれともう一人、真っ先に伝えなければならない人にまだ言えないでいた。
楓さん。
必ず連れて行く?そんなことが可能か。いや僕らだって本当に自分たちにそんなことが可能とはまだ思えないのに。
僕は3月に入り、まずさくらに伝えた。
「喜んじゃあいけない、どうなるかわからないから。でもだめだとしても、ここの生活が続けられるから」
そして、翌日、姫こ渕に行った。
その人はいつも通りのかえでの大樹の下で微笑んで待っていてくれた。僕から何か言うまでもなく、「いつですか、ご出立は」と聞いて来た。
「このお彼岸の深夜になります」
「成就されますように、できうれば・・・」そのあとは小さく消えたようになって聞こえなかった。
ひたすら空の青さ、湖面を渡る風、鳥のさえずりに、互いの時間を刻むしかなかった。
十兵衛さんはさくらから話を聞かされ、かなりショックだったようだ。でも、さくらから
「あなたには大きな仕事が待っているのよ、大問屋になって回りの人をいっぱい助けてあげて、
そうしてかなったときには天満宮に灯篭を奉納してね。わたしがそれをいつか楽しみに見る時が来るように」と言われ、元気を取り戻した。
富蔵さん親子は僕らのあともしばらく先生の世話をして、暖かくなって移ることになった。
そのあと僕の心は整理がつかないまま、何もかもがあわただしく過ぎていった。
そうして、春分の日。普段と変わりなくあたかも鶴田まで用事でといういでたちで、ただ違うのは三人が一緒。
先生、富蔵さん親子が庭で見送ってくれて、僕はできるだけ後ろを振り向かずに前へ歩む。
一尺道、何度も通った道。滝谷川のせせらぎ。そして降りた先に広がる姫こ渕。
このあいだのように舟で一の口の取り口まで行く。日暮れ前に出たのでまだ薄明るい。大岩と呼ばれる題目岩の前に建つ。そそり立つ岩肌はすべすべと「南無妙法蓮華経」の文字もなく静かに旭川を臨んでいる。
しばらくして、馬のひづめの音とあわせてお侍が一人、それと籠が二台。馬上から降りたのは小田十郎左衛門さんで、籠は塩谷与左衛門さんと十兵衛さんだった。
足軽の人が何人もその後についてきて、岩の周囲にかがり火の用意をはじめた。
小田さんが「殿からです」と手紙をさくらに渡した。殿とは父上亡き後、六代目池田家領主となった宗春こと長尚さんだ。
書状には短い言葉で「天満宮でお会いしましょう」
夜、いくつものかがり火が空を照らし、川を照らした。こうして、最後まで見送るようにとの長尚さんの命令だった。
十兵衛さん親子も籠を近くに待たせ、僕たちの無事を見定めるおつもりだ。ありがとう、みなさん。
そしてごめんなさい楓さん。僕はやっぱりあなたを連れて行けません。僕らの時代が毎日どんなに悲しいできごとでいっぱいか。あなたの失望する顔を見るなんてできません。でも僕が、僕の時代を変えたとき、あなたに送信します。
「来てください、この未来に」
やがて、腕にしたおじいさんの時計の針は動き始め、次への扉が開かれようとしていた。
はたして、鮎太たちは無事、現代にたどり着くか?
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*この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。