*これまでのあらすじ*
建部中学1年生の建部鮎太は友だちの河本温人から国道53号線の大田トンネルで起きた不思議なできごとを聞かされる。
それは近所のおじいさんと飼い犬のフクちゃんが深夜に大田トンネルに散歩に行き、そこで強烈な光に襲われフクちゃんが消えてしまった事件。
鮎太はそれをフクちゃんが時間を超えた空間にスリップしたのではと考え、深夜、温人と待ち合わせ、大田トンネルへ向かう。
が思いがけず妹のさくらもやって来た。
そして0時。突然強烈な光が3人を襲う。
家路を急ぐ日船は青く光るものが旭川に落ちるのを見る。同じ時、地蔵を盗み大八車で運んでいた富蔵はゴーッという音に驚き地蔵を落として割ってしまう。
、日船は岸に3人の子どもが倒れているのを見つけ介抱に当たる。気を取り戻した3人は辺りの景色や人の様子が変わっていることに驚く。鮎太は再び気を失い、
意識が戻った時は江田家に匿われていた。鮎太たちは、ここが1600年代だと知り呆然とする。
*主な登場人物*
建部 鮎太(あゆた)
建部中学1年生の少年
建部さくら
鮎太の妹、小学5年生
河本温人
鮎太の同級生
建部 鮎一郎
鮎太の父、岡山の大学教授
建部 すみれ
鮎太の母
建部 鮎男
鮎太の祖父だが亡くなっている
建部 桃江
鮎太の祖母
日船上人
不受不施を説く日蓮宗の高僧
腰折れ富蔵
富沢地蔵の盗人だが優しい男
鶴田 楓
鶴田城の姫君
竹内老翁
竹内流武術の開眼者
池田 清尚
建部領主、池田長泰の嫡男
塩谷十兵衛
中田新町の塩問屋の息子
―― 1 ――
「おお、江田殿。お世話になります。子どもらは寝ましたか」
「はい、この数日眠れなかったようですが、鮎太さんが回復されて、皆、落ちついたようです。夕餉もすべて召し上がりました」
「それはよかった。いやはやなんとも、摩訶不思議なことが起きるものでござる。されど、あの鎌倉の国難において、日蓮さまの唱えられたお経で元寇をものの見事に退かせた、そのことを考えても、およそ、この世には人知を超える力があると信ぜざるをえません」
「さようでございますなあ、それならば私ども法華宗不受不施を信仰する者にも必ずやその力の示される時が来るに違いありません」
「よくぞ言われた。今は不受不施を唱える者は寺を追われ、キリシタン同様、改宗を迫られておる。されど、いつの日か再興が訪れる。あの数百年先の書物に不受不施の四文字が書かれておるのは、それは、のちのちまでこの教えが続いたということじゃ。これぞ、屈せず励めという天からの声。それまで誓文を立て、正法を守り抜くのじゃ。明日からは、このことをもたらしてくれた、あの子らのためにも、お唱えをすることにしよう」
「お兄ちゃん、眠った?」
「いや」
「お母さんたちどうしてるかなあ」
「ああ、そうだな・・・。ごめんな、こんなことになって、温人まで」
「だいじょうぶだよ、鮎太ならすぐにひらめいて、気がつくとまた家の中ってことになってるさ。それに、建部の昔に行って本を書こうと言い出したのは俺なんだし」
「こんなんだったら、私、おばあちゃんをもっと大事にしてあげればよかった。あの朝、おばあちゃんから勉強のこと言われて、プイッて怒ったから、それで私がいなくなったと思ってるかもしれない」
「鮎太、じつは俺・・・」
真っ暗だった部屋にポツンと白い明かりが浮かんだ。温人の手にケイタイがあった。
「本当は使っちゃあいけないんだけど、俺、持って来たんだ。さくらちゃん、これ」
待ち受け画面に先月の夏祭りで浴衣を着てピースする、さくらとおばあちゃんが写っている。
「アンテナは圏外だから通じないけど写真は見れるよ、電池が無くなれば終りだけど」
「う、う、おばあちゃーん、会いたいよー」
「さくら!」 「さくらちゃん!」
「はあー、なんてかわいそうなんだ。となりで聞いてても、涙が出らあ。わしも、かかあと娘におまんまを頂けると聞いて手離したが、それでも悲しゅうてならん。なんとかしてやりてえが、この身さえままならんとあっては情けねえのう」
朝、目が覚めると今まで通りの2015年9月28日が来ていないかと期待したけどお経の声が聞こえて、昨日と変わらないとわかった。腕時計の針も12のまま動いていない。
ふすまが開いてチョンマゲの人、たしか富蔵さんって言ってた、が恐るおそる中をのぞいて、「あのー、目がさめましたか、もし、お身体がよろしければ、お上人さまがお呼びです」と教えてくれた。
座敷では、ちょうどお唱えが終わったのだろうか、頭を青々と剃ったお坊さんと大きく髪を結った若い女の四人で日船上人さまを囲んでなごやかに話をしていた。
「あ、あの、おはようございます」
「おお、よく眠れたか、こちらへ来なさい。先ほど話した子じゃ。鮎太に温人、さくらじゃ」
僕らはお上人さまの横に座り、その輪に加わった。
「さて紹介しておこう、この僧侶は日勢と言う、それと僧侶を信頼しておる大田村の娘たちじゃ。今しがた、おまえたちが無事に生まれたところへ帰れるように、お唱えをしたところじゃ」
「お上人さまからお聞きしましたが、何でも数百年先のたけべから来られたとか。私もここ建部で生まれました。遠い先にもこの郷が栄えていることを知り、うれしく思います」
「三百数十年のちの大田村はどうなっているのでしょう、ぜひ伺いたいわ、ねえ妙意さま」
「そうですね、もし妙現さんが生きているとしたら三百数十二歳ですわね」
「じゃあ、妙定さまは三百数十一歳で、妙意さまは三百数十四歳、妙勢さまなんか三百八十歳!」
「あ、ははは。まあ、はしたない、お上人さまの前で。でも、ほんとにどのようですの?」
「えっ、大田村と渡し場のある福渡村のお山に穴が開いてて、通れますの?」
「大川に美作と備前の国を行き来する大橋がかけられてるですって!」
「大田の盆踊りが続いてて、異国のフラダンスとかいう踊りも披露されてるんですか」
「まあ、富蔵さんが割られたお地蔵さまが、腰痛が治ると言われて、そんな先まで大切にまつられてるって?」
「お上人さまが見つけられた大川の薬湯も八幡の湯と呼ばれて賑わっているなんて、お上人さま、よろしかったですね」
「ワハハ、のちの世にまで民に喜ばれるとは、仏に仕える身として冥利につきる。まして、国の定めで、何の信仰をしようとも許されると聞いて安心した」
「私たちは、きっとそのための石づえになるのですね、日勢さま」
「そのとおりじゃな、妙勢どの」・・・。
この日、集まった人たちは聞くと僕らと歳があまり変わらない。なのに、ずっと大人に見えた。「あなたたちが、早くご家族の待つ世に戻れますように、これからもお唱えしますからね」
自分のことより、この先の世の人のしあわせを気にかけていた。何だか、昨日まで悲しがってばかりいたのが恥ずかしい。
それは、その夜、温人から聞かされた、これからこの人たちに降りかかる辛い試練を知って
いっそう強まった。
「大田に比丘尼塚(びくにづか)と呼ばれる石塔があるんだ。江戸幕府から日蓮宗不受不施派の信者は改宗しろと命令されて、死をもって抗議した人をまつってあるんだ。その人たちは津山の福田村の洞くつにこもって、断食しながら悪い政治が終わり、早くひらかれた世が来ますようにって、読経を続けたんだ。それで、最後まで信念を曲げずに亡くなったんだ。福田五人衆と言って、日勢僧侶と女の人たちがそうなんだ」
今朝ほど笑っていた五人の顔が浮かんだ。僕たちの時代を遠く輝く星のように見つめ、一生懸命、心に描いていた。
僕の中に何か大きな勇気のようなものがフツフツと湧き起るのを感じた。
*この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。