たけべアメージングストーリー 「たけべアメージングストーリー」 作  建部 鮎太
「僕らはここから世界を変えるんだ」建部の3人の子どもたちが時空を超えた旅に出た。


    第二話  第一章「竹内老翁」

  • *これまでのあらすじ*
     建部中学1年生の建部鮎太は友だちの河本温人から国道53号線の大田トンネルで起きた不思議なできごとを聞かされる。 それは近所のおじいさんと飼い犬のフクちゃんが深夜に大田トンネルに散歩に行き、そこで強烈な光に襲われフクちゃんが消えてしまった事件。
     鮎太はそれをフクちゃんが時間を超えた空間にスリップしたのではと考え、深夜、温人と待ち合わせ、大田トンネルへ向かう。 が思いがけず妹のさくらもやって来た。
     そして0時。突然強烈な光が3人を襲う。
     家路を急ぐ日船は青く光るものが旭川に落ちるのを見る。同じ時、地蔵を盗み大八車で運んでいた富蔵はゴーッという音に驚き地蔵を落として割ってしまう。 、日船は岸に3人の子どもが倒れているのを見つけ介抱に当たる。気を取り戻した3人は辺りの景色や人の様子が変わっていることに驚く。鮎太は再び気を失い、 意識が戻った時は江田家に匿われていた。鮎太たちは、ここが1600年代だと知り呆然とする。
     次の日、日船に呼ばれた鮎太たちは、そこで同じ年頃の若い娘たちと僧侶に出会う。数百年先の建部の様子を聞き、驚き喜ぶ 僧侶と娘たち。鮎太はその夜、温人から彼らを待ち受ける悲しい運命を知らされる。鮎太の中で何かが大きく芽生え始める。

    *主な登場人物*
    建部 鮎太(あゆた)
     建部中学1年生の少年
    建部さくら
     鮎太の妹、小学5年生
    河本温人
     鮎太の同級生
    建部 鮎一郎
     鮎太の父、岡山の大学教授
    建部 すみれ
     鮎太の母
    建部 鮎男
     鮎太の祖父だが亡くなっている
    建部 桃江
     鮎太の祖母
    日船上人
     不受不施を説く日蓮宗の高僧
    腰折れ富蔵
     富沢地蔵の盗人だが優しい男
    鶴田 楓
     鶴田城の姫君
    竹内老翁
     竹内流武術の開眼者
    池田 清尚
     建部領主、池田長泰の嫡男
    塩谷十兵衛
     中田新町の塩問屋の息子

  •        

                 ―― 1 ――

 「おはようごぜえます、およびでしょうか」
 「おお、富蔵、朝早くに用立てしてすまぬ。じつはお前も承知であろうが、拙僧は、お上より追われる身。 こうしていられるのも長くはあるまい。そこで心配なのは、あの子どもらじゃ。どこか、安全な地へかくまわねば なるまい。それで、江田殿とも相談したのじゃが、もはやここしかなかろうという場所がある。ついては、お前に そこまで案内を頼みたい。その後は、どこへなりとも行くがよい」

 翌日の早朝、僕らは旅立つことになった。上人さまの身に危険が迫っていて、僕らが巻きぞいになるのを恐れたためだ。 目立たぬように古着を着て、みの傘をかぶった。シューズはわらじに替え、痛くならないように鼻緒に布を巻いてもらった。 温人はメガネを外し、コンタクトレンズにした。
 「それでは富蔵、よろしく頼むぞ。子どもらも、くじけるでないぞ、のちの世に戻れた折には、ゆっくり旭川の薬湯につかって 、拙僧のことを思い起こしてくれ。では、達者でな・・・、ワハハハ」

 たった数日、表へ出なかっただけなのに、外の空気が新鮮でとても気分がいい。道沿いの家からは、煮炊きの煙がのぼり、 人がひっきりなしに出たり入ったりして、時代劇の撮影現場にでもいるみたいだ。
 僕らは見るもの、聞くものどれも珍しい中、不審に思われないよう、うつむいて、せっせと歩いた。川筋が近道だけど 用心して、わざわざ人の少ない山あいの道を行くことにした。でも、やがてそんな心配はどうやら必要ないとわかった。 この時代の人は自分のことに精いっぱいで、他人のことにかまけている暇はないようだ。

 石段の続く八幡神社の下を過ぎ、細い坂道を上った。これが津山街道だと気づいたのは、「上 石引乢」と記された杭が立っていたからだ。 この道を昔、参勤交代の行列が通っていたんだと、温人が自慢げに話したのが昨日のことのようだ。そんな、温人はさっきから自分の家が あるはずの場所を探してキョロキョロと落ち着かなくまわりを見回している。でも、目につくのは、山の斜面に何段も作られた猫の額ほどの畑や 田んぼで、他に、そこにしゃがみ込むようにして草を取るお百姓の姿があるだけだ。
朝方まで不安そうにしていたさくらは、今は晴れ晴れとした顔で時々、富蔵さんに手を引かれながらついて来ている。

 やがて峠に着くと、道の両側に「茶」「めし」と書いた旗をてんでに軒下に掲げた、藁ぶき家が五軒ほど並んで見えた。 その一軒から三味線の音がして、前の道ではツギハギだらけの着物を着た小学一年生くらいの女の子が、下を向いたまま 黙って竹ぼうきで庭先を掃いていた。店から少し離れたところで、ねじり鉢巻きに尻はしょりをした駕籠かきの人らしい三人が、 道ばたに座り、向かい合って何かを夢中になってやっている。
 手を振って開いた先にサイコロが2つ転がった。すぐにそのうちの一人が、  「まったく、もう今朝からついてねえで」と立ち上がり、「ちょっくら参ってくるか」と下の道へ駆けて行った。  温人が小声で「摩利支天さまにお願いするんだよ」とささやいた。
 先ほど来た途中に右に分かれる道があり、それを登ると温人の町内で今も守っている「摩利支天様」という神社に出る。 そこは賭けごとの神様とかで、昔、この辺の寺や茶店でバクチをする人が縁かつぎにお参りしていたんだよと温人から 聞かされたことがある。
 この時代から二百年あとの幕末には、バクチ打ちの黒船という人が、ここでイカサマをして殺され、そのあと悪霊となって 乱暴を働くようになり、困った地元の人たちが、お祓いをしてお墓を立ててやっと静まったんだとも話してくれた。そのお墓が この道の上がり口、今度、新しくできた看護学校のそばにまだ残っている。

 店の中からでっぷりした女の人が出てきて、「お連れさん、休んでいかれえ」と背筋がぞっとするほど真っ黒な歯を見せながら 声をかけてきた。僕らがその気がないのがわかると、「フン、茶を飲む金もねんかなあ」と今度はあきれ顔で罵った。 そのあと、道を掃いている子に「この役立たずが、いつまでやっとんなら、ただ飯ばあ喰いやがって」と大声でどなりはじめた。
 通り過ぎてもそのわめき声は続き、富蔵さんがそれをジーっと背中で受け止めているのがわかった。だんだん富蔵さんの 足は重くなり、さくらがそんな富蔵さんの袖をひっぱるようにして、前へ、前へと進んだ。

次回へ

 前回へ

 最新号を読む

 これまでの全ストーリー

  *この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。





トップページへ戻る