Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「兄のデビュー」



その日の母はいっちょうらい(一枚しかない)の黒い着物を羽おった。上から薄い
紫色のウールの肩掛けをした。私は濃い青の半ズボンに襟の固い白のカッター
シャツ。その上から縦に縄目を編み込んだ茶色いチョッキ(母の手製)。足は膝下
まである白の靴下を履いた。母が私を見て
「あっりゃあ、はええ(早い)なあ、もうみじこう(短く)なったなぁ」と言って、ズボン
の裾に手をあてて下に引っ張った。私は
「どうやって行くんでぇ」と聞いた。
「国鉄で行って、せえから(それから)バスで行くけん、結構かかるよぉ」
と母は言い、柱の時計を見て
「ありゃっ、もうこげんな(こんな)時間じゃがぁ、はよせんと間に合わんよぉ」
と姉の名を呼んだ。
この日私と母と姉で一番上の兄の高校の文化祭に行くことになっていた。私達
三人は急ぎ足で近くの鉄道駅まで行った。姉が初めての夏のボーナスで買った
ツイードのスーツをしきりと気にしてついて来た。
「ちょっとこりゃあきちん(きつい)んじゃあ、先ぃ行って切符買っとってん」
ベージュのスーツのスカートは長めで、体にぴったりして足が開きにくそうだった。
私と母は先に駅に行き隣町のK市まで切符を買い、姉を待った。運賃は子供が
十円だった。

K市からは母が言ったようにバスに乗った。すぐにバスに酔ってしまう私は心配し
たが、十分ほどで学校前の停留所に着くことができた。校門に白い布地の上に
「K商業高等学校文化祭」と墨で大書きされた看板が立て掛けられていた。回りを
紅白のちり紙で作った花が色取っていた。その脇では生徒達による受付が行わ
れていた。バスを降りた私達はまっすぐにその受付に向かった。姉が慣れた様子
で歩み出て「一年のXXの父兄じゃけど」と言って赤いリボンとガリ版刷りの「目次」
をもらった。
「まだ始らんみてぇじゃけん他のもんでもみょうりょう(見ていよう)やぁ、あたしが
案内したげらあ」
姉は貰った「目次」を見ながらそう私達に言った。姉はこの春まで兄と同じこの
高校に通っていた。
木造の校舎の中は薄暗く長い廊下を歩くと足元がひんやりとした。持ってきた
スリッパが大きすぎて摺り足になった。姉は”ここが図書室。ここが職員室。ここ
が私がいた3年の教室”と説明をしながら校内を進んだ。その間、かく教室で行わ
れていた展示も見て回った。生け花があり、本物そっくりに描かれた風景画があり、
茶道の実演(私は茶菓子が欲しくて座った)まであった。白衣を着た化学者による
実験も行われていた。それはびっくりするほど大人の発表会だった。私は漠然と
自分が高校生になってもこんなに難しいことをすることはないだろうと思った。
途中姉は顔見知りの先生を見かけると、その度にスーツを点検して挨拶に行った。
大概の先生の反応は意外とあっさりしていた。「まあキミコ(姉)さん、ちょっとの間ぁ
に見違えたがあ」という応えを期待していた(と思う)姉は、少々不満そうだった。
同じ春に卒業した同級生に出会った時は、互いの変わりようを驚き合っていたが、
私にはどう見ても相手の変貌(大人への)ぶりの方が勝っているように思えた。
昼食は来客用に設置された食堂(家庭科教室)で、母が朝作った巻きずしを
食べた。姉がテーブルに置いてあったお茶の入ったやかんの中から、熱いのを
選んで入れてくれた。食事をしている人はまばらで、時々女子生徒が自分の父兄
が来ていないか探して、きょろきょろ中を見回して出て行った。
兄は来なかった。

(続く)

戻る
トップヘ




今までのアルバム
2007/12/23記憶写真
2007/12/30水中金閣寺
HOME 一点主義 PROFILE 喫茶室