第３話 　第三章「中田新町」

　　　　　　　　　　　　　―― ２――

　僕には続かないと思った若君だったけど、その後もくじけることなくやって来て、時には、さくらに本を持参して読み合っていた。 塩屋の十兵衛さんも三日と開けず来るようになって、そのたびに父から言付かったと言って、薬やらお米やらを届けてくれた。
　ある日など、さくらが山に薬草を採りに行くというので二人が心配してついて行った。ところが、それが幸いした。 さくらが雀蜂に刺されてしまい、気を失うほどになったのを交互におぶって連れて帰ってくれた。その後も、さくらの熱が下がらないのを 知った若君は、わざわざ御典医の近藤先生を寄こしてくれた。
　僕らはいつのまにか本当の兄弟のように感じ始めていた。

　そんな中にあって、 僕は先生の用事や買い物を理由に度々、鶴田に行った。 姫こ渕の大樹の下に楓さんを見つけると嬉しくて、そのまま湖に飛び込みたいほどだった。
　いつも話す事と言ったら昨日の道場であったことや、僕の時代の学校生活とかで、それをゆっくり頷きながら 、時には口を押えて笑い転げながら楓さんが聞いてくれた。
　「よかったわ、その若君さまと十兵衛さんとも仲良くなれて。鮎太さんたちは学校というところで、 男女や身分に差がないことを学んでおられるからできることですわ」

　姫こ渕のできごとは温人には話していた。
　温人は「へえー、そんなことあるのかなあ」と言った後 「でも先生だってこの時代にはいないはずなのに、現に僕らは会っているし。何十年も前に、湖に 身を投げたと言われる鶴田城の姫様が現れてもおかしくはないか。ただ、それって鮎太だけにしか 見えないのかも。いや、このこと自体、僕らのというか鮎太の、もしくは僕の夢なのかなあ。 そうしたら、目が覚めればすべて解決なんだけど・・・」

　夕食が終わって片づけを始めたのを機に、僕は思い切って先生に姫こ渕の話をした。先生は驚く様子もなく聞き終えると、 「そうか、杉山家の姫は達者か。あの娘は戦乱の世に生まれ、行き場所を失ったのじゃ。お前と出会ったのも人知を超えた力がそうさせているのじゃろう」 と言われた。

　何もかもが不思議で不安定で、予期できない時間の中にある。お父さんから聞いた宇宙の原理。
　「鮎太、この宇宙ではあらゆるものが一個の大きな闇に吸い込まれているんだ。お前が見ている 光や、今、過ごしている時間さえもブラックボックスというその穴に吸い込まれていて、 その中では人類の歴史も地球の存在すらも意味はなく、すべてが混沌としている。だから我々が 信じている現実も、実は過去や未来と一緒に吸い込まれている途中なんだ」

　宇宙の動きから見れば、まばたきほどでしかない人類の時間。 僕らは夢なのか現実なのか分からないけど、 それでもこのタイムスリップした空間の中で確実に時が過ぎていくのを感じている。
　すでに月は師走、間もなく新年が訪れようとしていた。

　いよいよ試合の時近づく、新年お楽しみに！

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　　＊この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。