Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「死ぬるぐれい退屈(ていくつ)な日 」



死ぬほど退屈な時間というのが子供時代にはあった。夏休みの半ばとか、友達が
皆出払っていない時とか、借りてた漫画本を全部読んでなお時間が余ってるとき
とか。風邪をひいて”じっと寝てねえ”と言われ襖を閉じられたときとか、プロレスの
放送が急に中止になった時とか。
いっぱいあった。

朝からぴちゃぴちゃ雨が降っていた。一部屋しかない六畳間は唾っ気だらけだった。
上の兄と私は買ってきたばかりの”写し絵”をしていた。小さなシールに唾をつけては
貼り付け、つけては貼り付け、頃合いを見ては上を擦る。下から見事な”月光仮面”
が現れる。私はノート大のシールに刷られた10コマほどの中から特に気に入った
”どくろ仮面対月光仮面”とそれまでの張り残し全部を肩に写すことにした。柱も桟も
写し尽くし、腕や足に写していったがそれも尽きた。
兄が「どのへんなあ(どのあたりだ)」と聞くので私は
「こっちの肩の上じゃあ。”桜吹雪”みてえにしてくれえ」と右肩をゆすった。
先日父に連れて行ってもらった、「千恵蔵の入れ墨判官」がまだ頭に残っていた。
映画のチャンバラの間中、兄は目をつむっていた。切られるん(人)が可哀そうなあ
と言って。
全部写し終えてもまだ昼ご飯にもならなかった。足を壁にのせ畳をごろごろするしか
やることがなかった。雨がいっそう激しくなり台所の雨漏りがする下に置かれた
洗面器が絶え間なく鳴った。母が”昼はうどんでええかあ・・”とか言ったようだがよく
聞こえなかった。
「もー死ぬるぐれいていくつ(退屈)じゃあ、こんめああちゃん(小さい兄ちゃん)
なんかおもれい(面白い)こたあねえかのう」
「・・・ほんなあ足相撲やるけえ、負けたほうがのう”くりや”(すぐそばの駄菓子屋)
行って醤油棒こうてくるんでえ」
始めたがすぐ喧嘩になった。どっちが先に足を着いたとか言って。母がやって来て
「もうあんたらはなにゅう喧嘩しょんでえ、マコト(兄)!大きいのにこめえのを相手に
してから」兄が叩かれた。ぴしゃっといい音がした。
「あんたはちせい(小さい)けんすぐやられるんじゃからこっちい来とんせい」
そのまま引きずられて台所まで引っ張られた。
「そこえおりんせえくっついちゃあおえんよお、すぐ喧嘩になるんじゃけん」
「・・・・ごはん、まだなん」
「まだ11時にもなっとらんがあ・・・」
「・・・」
兄がふてくされて寝ころがったまま壁を蹴り飛ばしている。
「”くりや”行ってなんかこうてきてもええ?」
「おえんおえん、こげえに雨が降りょんのに・・」
母が洗面器の雨水を捨てに立ったのを見はからって”くりや”に駆けた。

「一本だけでえ、こうて来たけん」私は買ってきた”醤油棒”(5本で5円)を兄に
見せた。
「うめえのう”醤油棒”は。もう一本ありゃあもっとうめえのう」
結局二本とられた。
「もーうあんたらあは懲りんなあ、まーたくっついてから!」

それでも”死ぬるぐれいていくつ”よりましだ。



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