Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「さくら絵具 (前)」

図画の時間がはじまった。私は買ってもらったばかりの「さくらの水彩絵具」を
大切に机の端に置いた。それと以前から使いかけの絵具の入った箱も横に
並べた。新しい水彩絵具をそっと覗いてみると12本のチューブが鉛の尻の
部分をパンと膨らませて勢揃いしている。白だけが兄貴分のように大きい。
今日は黒をちょっとと白をちょっと、黄色は本当にちょっとだけ使ってみよう。
そう決めていた。うれしかった。一年生に入学した時はカバンは新しくしてもら
ったが、それ以外は兄のお下がりだった。(この新しいカバンは夏休みが終わ
って棚からだしてみるとネズミに横っ腹をかじられていた。父が会社から似た
色の皮を見つけてきて修繕してくれたが、かえって直した跡をからかわれ以後
兄のお古で通した。その方がまだ笑われなくてすんだ。)この水彩絵具は
しばらくしてから、
「みーんな新しいのを使こうとらあ」と言って買いそろえてもらった。 今日はそれを
初めて使う日だ。
太田先生が「けえから(今から)画用紙をくばるけん、そしたら水汲んできねえ。
 ええかあ、何か忘れた人あおらんかあ?」と聞いた。そばでおそるおそる手が
挙がった。
「相田のふさ子ちゃんかなあ、絵具忘れたんかなあ・・そんなら隣のユウちゃん
に 貸してもらいねえ」
相田のふさ子ちゃん。 黒くて真直ぐな髪がざっくり切られ白い顔が際立っていた。
「使っとんと使こうてねえん(使ってるのと使ってないの)とどっちがええん?」
私は素早く聞いた。
「使こうてねえ方!」
戸惑ったのがばれる前に、端に置いてあった新品の絵具箱をふさ子ちゃんの
机の 脇にのせた。

散々だった。何も気にしまいと思ったが時間中気もそぞろで絵を描くどころでは
なかった。ふさちゃんは好みの色を何本か取り出し新品のチューブの腹を惜し
げもなく押さえてパレットに並べた。
”わしじゃったら、尻の方からちょっとずつ押して使うのに・・・”
結局私の絵は中途で終わった。ふさちゃんも絵具を出したわりには進んで いな
かった。ほとんどの色がパレットの上でのたくったまま残っていた。
「はい、そこまでじゃ。ほんなら今日終わらんかった人は宿題(しゅくでえ)に
するけん、次までんにやってこられえ」
私は新品の輝きがなくなった絵具箱を黙って受け取った。
それからいく日かして、林次郎ちゃん(あだ名が今のヤンキースの松井選手と
同じ) が「相田のふさちゃんはユウちゃんのことが好きでえ」と私に耳打ちした。
私はそげんなことがあるかあと否定したが、
「本当じゃあ、わしがふさちゃんは誰が好きなんなあ言うて聞いたら、ユウちゃん
じゃあ言うたんじゃけん・・」
私は急にふさちゃんを好きになった気がした。

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