Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「好きなもんどうしの確信〜台湾ドジョウ」



日曜の昼、父と私は”三ケ月”(半円の追い込み網)を持って川を探った。暖かくなった
せいか魚の動きがよくなって網に鮒の姿はなかった。掛かるのはこのところ増えた台湾
ドジョウ(雷魚)ばかりで、当りはあるが(網の竿に”コツン”と伝わる))引きあげてみて
がっかりする。入った台湾ドジョウはそのまま岸のあぜに打ち捨てた。戻しても鮒が
食われるだけで良いことがない。
「今日はおえん(だめだ)のう、わしが持つけんユウちゃん追ってみい」
長竿で追う方が難しいが、網を持つ方も当りに注意が必要でタイミングを外すと逃げら
れてしまう。
結果は同じだった。掛かったのは”台湾”で全部、田圃や岸に放り投げた。
「今日はおえんなあ鮒めしはできんのう、けえろうや(帰ろう)寒うなってきた」
少し風が出て先ほどまで春を知らせる日よりだったのが冬のほうへぶり返したようだ。
途中あぜで葱を抜いてた顔見知りのお百姓が
「なんか掛ったけえ」と聞いてきた。
「おえんおえん”台湾”ばあで・・」
「そーじゃろうもう今あ鮒あ獲れんでえ。”台湾”に荒らされてのう」
父はなおも川の様子や苗の植え付けの話やらしていたが
「まあ休みん日いに子供を連れて楽しんだけん・・」と締めくくった。
「おうそれが一番でえ、好きなもんどうしでええことじゃがあ」とお百姓は返した。

家に着いてから父は台所に立って何をするでもない。考えていた。
母と姉はK市の「天○屋」”冬物大安売り”に出かけていた。くたびれて帰ってくるのが
目に浮かぶ。夕飯(鮒めし)がないと知ったら”あっりゃあそんならコロッケでも買って
くりゃあよかったなあ”と困り顔になるだろう。しばらく思案に耽っていた父だが決意する
ものがあったように口を開いた。
「台湾ドジョウじゃけどのうユウちゃん、ありゃあ向こうじゃあ高級な蒲鉾のぜいりょうに
なるそうでえ。あれ食えんかのう」
思ってもみなかった。あげん気味が悪い熱帯魚。
「煮たんじゃあ”さなだ”(回虫)がおるけん油で揚げたらどうかのう」
おまけに虫がいると言う。返答のしようがねえ。
「まあもういっけい(一回)行ってみようや」
私は父の後をついて再び川に戻った。幸い先ほどのお百姓には会わなかった。
私達のうっちゃっていた”台湾”は岸のあちこちでのびてころがっていたが、バケツに
つかみ入れると獰猛に跳ねた。
「それぐれいでええじゃろう、食えるかどうかわからんけん」
不安が増すことを言う。
帰った父は出刃と外用のまな板(生臭もの専用)を出しさっそく裏で”たたき”始めた。
私は気味が悪いので見なかった。
出来たのは黒い点々の混ざった壁土のような代物だった。それに野菜(鮒めしに用意
していたネギ、人参、牛蒡、生姜)を刻んで加えた。20個ほどの饅頭が作られた。
「どれほんならあげてみるかあ」
私も怖いもの見たさでそばに寄った。
バチバチッと油をはじいたあと匂いが立ち昇った。それで私も父も確信した。
”こりゃあ、うめえぞお”

残念ながらこの先のことはよく覚えていない。ただ”好きなもんどうしの確信”が
本物だったことだけは確かである。

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