Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「かき氷」


1日(八月)登校日。
喉をカラカラにして家に着くと、開けっ放しの裏口から外にまる聞こえの笑い声。
「やっぱしなあ、噂しとったんじゃ、ほーんとにあんたはええところに帰って
来るなあ」
姉の声がする座敷の方をのぞくと、座卓をはさんで姉が母と頷き合っている。
どんぶりに盛られたかき氷にスプーンが2本。
「はよう、匙(さじ)を持って来られえ」
母の言葉より先にカバンを放り投げ、台所のスプーンを取りに行く。
「10円、氷だけかいてもろうたんじゃ、せえに砂糖水こせえてかけたんよ、
多かろう」
たっぷり5杯分はあった。しっとり染みたところを狙って大きくすくい、口に 入れる。
喉から頭のうしろにかけてキーンと真空管が破裂したようになった。
間もなくすぐ上の兄が帰って来た。
「まあ、あんたはいっつもついてねえなあ、今食べ終わったとこじゃ」
姉の言葉に兄はきたねえ(汚い)きたねえとがなり立てる。
「ユウ!おめえは食うたんじゃけん、わしのをこうてけえ」
「すぐ鼻ん先じゃがあ自分で行ってきねえ、ほれ五円」母が言うが
「赤と黄いでえ、ちょっとやるけん行ってけえ」とゆずらない。
”ちょっと”に魅かれて私は前の「くり屋」に駈ける。
「ありゃ、さっきどんぶりでこうてったよ。はーあん、マコッちゃん(兄)の分かなあ。
蜜は何にするんでえ」
私は赤、黄と言い、かき終わるのを待つ。おばちゃんは氷かきの足元に置かれた
踏み箱に上がってハンドルを回す。小3の私より小さい。いつも紺の格子の着物
に 白の上っ張り、紫のたすき。
「はいでけたよ、落とさんようにな」

夕方には、一番上の兄が帰って来た。
「暑かろう、今日はみんなで氷食べたんよう。買っちゃろうか」母の問いに
「いらーん、わしゃあコーラ飲まあ」
そして「ユウ!角屋(タバコ屋)行ってペプシこうてけえ!」
「もう、どげんして、わしが行かんとおえんのん」
「おう、そうけえ、一口飲ましちゃろうと思うたのにのう」
”一口”に釣られて今度は角屋に走る。
兄の残す”一口”を待っていると、父も帰ってきた。
「そげんなもん飲みょうりゃあ、脳がやられらあ。せえじゃけん(それだから)
勉強でけん」父の叱咤に兄は「関係ねえわ!」と飲みかけのビンを私に渡し、さっさ
と部屋に籠る。
夕食は冷麦になった。縁側にテーブルを持っていった。一番上の兄は出て来ない。
「もう中3で気にしとんじゃけん、あげえなことを言われなあ」母がいつもの様に
兄をかばった口調で父をたしなめる。
「そげえなことを言うてものう、ありゃあほんとに」と父もそれ以上は続けない。
そのうち
「今日は暑かったけん、冷でもう一本飲もうかのう」と父が繰り出し、母は
「ええかげんにしときねえ、こねいだ(この間)も・・」と反対するが
「一本だけじゃがあ、なっユウちゃん醤油屋に行ってきてくれえ」と私に振ってくる。
私は、何でいつもわしばあに行かせるんならあと抵抗するが
「そうじゃのうて、ユウちゃんにこうて来てもろうたほうがうめえんじゃあ」
と最後はおだてに乗せられ醤油屋に向かう。

帰り、一合瓶を持った手がびくっとして下っ腹がキュルキュルッとくる。
後はひたすら一目散。



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