Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「 たきぎ 」


「もう、くべる(火にいれる)もんがねえから、しばらく満田屋の風呂を借りねえ」
新しい家になってから、毎日、自分家の風呂に入れるようになった。前は父の
本家とか満田屋の風呂を使わせてもらってた。満田屋の風呂場は道を挟んだ
井戸の側にある。電気がないのでロウソクを点けて入る。目が慣れてくると壁を
ナメクジが這ってたり、人も捕まえそうなデカ蜘蛛が網を張ってるのが見える。
用心して釜に浸からないと何を踏むかわからない。子供一人じゃあとても夜中は
恐くて入れない。
「新聞紙をくべりゃあええが」母にそう言うと
「それじゃあ何時間たっても沸かん、沸かん、薪(まき)にせんと」

勤労感謝の祝日、上の兄と私と信ちゃんで双子山にたきぎを拾いに出かけた。
双子山は村の北西にある山で、国道2号線を渡り隣部落も越えて行く。印度目袋
(麻袋)と荒縄を持って、山まで2キロ半ほどを歩いた。以前もわらびを抜きに
母や近所の人と来たことがある。あの時は、自分の背丈もあるわらびばかり引い
て後で母に「そげん大きいのが食べれるもんかあ、おえんわあ」とがっかりさせた。
今日は大丈夫だ、薪は大きいほうがいだろう。
山奥に通じる道を3人でペチャペチャ喋くりながら登った。私はこの間、映画館で
観た「赤胴鈴乃助」の”真空切り”がどれほど威力があったか一生懸命説明した。
中腹くらいに来て、信ちゃんが「もうこの辺でえかろうがあ、集めようや」と立ち
止まったので、皆で荷物を道沿いの木の根っこに置いて開始することにした。
シダやつるの覆った山中に分け入ると、すぐにザクザクという自分の足音だけが
するようになった。私はぽつりぽつりと落ちてる小枝を拾い、一か所に集めて
いった。枝はどれも細いものだった。「これじゃあすぐに燃えて足しにならんが」と
母に言われそうだった。
わらびは太えのが獲れて、薪は細えのばあじゃ。うめえぐあいにいかんのう・・。
そのうち兄の声で「ユウ!何処へおるんなあ、こっちんけえ(こっちに来い)!」と
上の方で呼んでいるのが分った。シダを手で払いながらえっちらと斜面を這い
登ると、急に黄色い地面がむき出しになった陽の当たる場所に出た。
「宝庫(ほうこ)じゃ宝庫!」と兄がりっぱな木片を振りかざして見せる。
「ここだけで1年分あるでえ」と信ちゃんも回りを指さした。
あっちこっちで枯れ木がころがってる。一本丸のまま倒れてる木もある。
「うおーお、すげえすげえ、こりゃあたきぎの山じゃあ」
「夏んときの台風にやられたんでえ」信ちゃんが教えてくれた。そういえばあの時
はすごかった。父が家の雨戸や鶏小屋の網を板で全部ふさいで用心したが、通り
過ぎた次の朝見ると鶏小屋の屋根がそっくり無くなり、にわとりも何羽か飛ばされ、
玄関のガラスも割れていた。
「ユウ!なんぼう太うても乾いてねえのはおえんでえ」私が拾おうとした大人の腕
くらいの木を見てすかさず兄が言ってきた。出てくる時、母に生木(なまぎ)は
燃えんけんなあと念を押されてたのを思い出した。
あっという間にたきぎの山が出来た。信ちゃんと兄で斧を使って細い枝を削ぎ、
形をそろえていった。私は置いてきた弁当と荷を取りに戻った。
昼めしのおにぎりは最高だった。昆布の佃煮だけの握り飯がこんなにうまいとは
思わなかった。水筒の熱いほうじ茶もうまかった。
印度目袋には種火に使う、かさかさの松葉を満タンに詰め込んだ。それを背中に
くくりつけ、その上に縄で束ねた薪を乗せた。頭のてっぺんより高くなった。
3人とも杖がわりの枝木を右手に持ち、ヨロヨロと山を下った。とても来たときの
ように、ぺちゃくちゃ喋るわけにいかなかった。ひたすら地べたを睨みつけて進ん
だ。頭の中で母がこの薪を見て驚いたときのことを想像して耐えた。
その夜の家の風呂も最高だった。松葉がパチパチはじけ始め、乾いたたきぎが
コロンと焚き口に転がる音を聞きながら、自分も役に立つ仕事が出来るように
なったもんじゃといい気分で浸れた。
母が外から「沸いたかぁ?」と聞いてきて
「せえでもこれだけよう背負ってこれたなあ、あたしゃあ腰抜かしたがあ」
と言ってくれたので気分はますます良くなった。


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