Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「川さらい」


川を掃除するんで水を堰(せ)き止めることになった。前にやったのは4年も
昔で小さかったので覚えていない。部落中が大変なことでも起きるように
そわそわしている。といっても川沿いの中組、西組の家の人達だけだけど。
春先の川は水が少ないし、田んぼも暇なのでやろうということに決まったと
部落の集まりから帰った父が話してくれた。
堰は枝分かれしている支流に水を逃がすようにして、東、西の橋のたもとに
くいと板で作られた。私と信ちゃんでさっそくその場所を見に行った。
流れの上(かみ)のほうの水面が盛り上がるように高い。浮草が堰き止め
られた周辺に何十メートルにも集まってきている。反対に板の内側は30cm
も水かさが低い。今にも底がのぞきそうだ。離れた所では行き場を失くした
魚がパシャパシャ跳ね始めている。信ちゃんと思わず顔を見合わた。
「こりゃあ、ていへん(大変)でえ」
私たちは少しでも早くこのことを家に知らせようとすっ飛んで帰った。
話を聞いて家族の者は
「そりゃあ、そうじゃろう。明日はみんなバケツを持って出て来らあ」
と、結構落ち着いている。何だか拍子ぬけした。
はたして、次の朝起きてみると岸の辺りからワイワイ声がする。慌ててゴム
長を履きバケツを手に川へ全速力で向かった。

すでに水がすっかり抜けた川底では何十人もの人が「そっちじゃ」、
「こっちじゃ」とかけ回ってる。タライが鮒で満杯になってる人もいる。
「ウナギじゃ、ウナギ!」と叫ぶ子供の前をシュルシュルと細い線が走って
いく。トーチカ(アメリカザリガニ)がいたる所で怒ったようにハサミを振り
かざしている。
私はゴム長を脱ぎすて裸足になった。ぐにゅっと右足を取られ、いきなり
尻もちをついた。後はもうお構いなしだ。鮒やナマズ、烏貝(からすがい)、
バケツいっぱいになるまで獲った。
昼前には端から端まで人でいっぱいになった。皆、我さきに捕まえようという
より潮干狩りでも楽しんでるふうだ。母がいた。
「何かとれたかあ?」
「うん、バケツいっぺいじゃあ」私はとったものを傾けてみせた。
「ありゃ、ようけい(たくさん)とれたなあ。せいじゃけどこげん大きい烏貝は
食べれんのじゃあねん?」そう言われて仕方なく獲った貝を泥に戻した。
どれも下駄ぐらいに大きかった。再び母と川底を移動しながら、今度は親指
ほどの貝を探した。同級生の紗代ちゃんのお父さんが、はち切れんばかりの
網かごを背負ってやってきた。
「まあ、ぼっけい鯉じゃなあ。何匹おるんでえ?」
「いやあ、おえんおえん、ちょっとじゃ。朝のうちにT部落(線路向こう)の
もんが、みんな持っててしもうた。あいつらあ、よそん家の川さらいに来て、
何もせんで、ただで獲っていくけん・・」
そう言えば駆けつけた時にいた人は知らない顔の人ばかりだった。
信ちゃんが竹かごを2つ下げて、泥から足を抜き抜き岸へ上がるのが見えた。
「シンちゃん、何がとれたんなあ!」と大声で聞いた。
「うなぎじゃあ、3本じゃあ」
1つのカゴに腹の白い、ゴムホースよりも太いうなぎが3匹。もう一方には、
ウロコを銀色に光らせる40センチほどの鯉が2匹。鮒や烏貝はいない。
やっぱり違うのう、わしなんか誰でも捕えれるもんしか獲れてねえ。
惨めになった。さっきまでの大漁気分がしぼんでしまった。
「ユウちゃん、1本持ってけえ。じいさんも獲っとるけん、ぎょうさんおっても
食べきれんけん」
私は3本のうち、一番やせたやつを分けてもらった。
「ユウちゃんが獲ったことにすりゃあええがあ」信ちゃんに言われた。

夜、父がかば焼きをする間、あれこれ聞いてくるので答えるのに苦労した。
「どこにおったんなあ、こげん大きいんが」
「どうやって捕まえたんなあ」
「一人で手で押さえたんかあ」
「よう、逃げなんだのう」・・・
「他のもん(者)も、獲れてたかあ?」
「おう、シンちゃんはでけえのを2本も獲ったでえ」これが精一杯だった。
翌日からさっそく川底がさらわれ、岸にいくつもの黒い泥山が盛られた。
その上では相変わらずトーチカがハサミを振り回して怒っていた。
私は橋に立って、きれいになった川底にまた水が溢れる様子をひとり
想像した。


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